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2006-01-31

[]『戦中派虫けら日記』(山田風太郎、ちくま文庫) 『戦中派虫けら日記』(山田風太郎、ちくま文庫) - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『戦中派虫けら日記』(山田風太郎、ちくま文庫) - イン殺

戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)

戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)

「 1942 年 11 月 〜 1944 年 12 月までの山田風太郎(当時 20 歳)の日記。太平洋戦争は 1941 年 〜 1945 年であり、つまりこれは戦時中のヤング山風が何を考えていたかの記録です。」

「これはいい本を薦めていただきました感謝いたします
読み始めるに当たってはメイキングオブ山風的な内容、つまり未来の山風が如何にして形成されたかが書かれていることを予想していたんですが、そういう意味では見事に予想を裏切られました。読んでいて「え? これがほんとに山風になるの?」と不安になるくらい山風エッセンスがありません。忍者の話題など全く出てこないし、探偵小説の話題も極めて少ない。明治時代についてもほとんど言及されない。性的な話も全然ない。ないないづくしです。」

「では何が書いてあるかというと、普通です。山田風太郎青年の日々の出来事や読んだ本、考えたことなんかが書かれています。日記にしては整いすぎている(つまり誰かに読まれることを想定している)気もしますが、凄く真っ当に若者らしいことを書いています。」

  • 「周りの奴は向上心のない馬鹿ばっかりだ、でも自分も奴らと大差ない」と自嘲してみたり。
  • 「来年春には医師専門学校を受験するのに全然勉強してない」と嘆いてみたり。
  • お金が入ると暴食してみたり。
  • 試験に落ちたあと急激に日記の量が減ったり。
  • それまで口語文だった日記が急に数ヶ月文語体になったり。

「読み通しての感想は「山田君はいい奴だなあ」ということに尽きます。
真面目だし、 20 にしては驚くほど語彙が豊富だし、向上心もある。文芸誌に短篇を送って採用されていたりもする。しかし驚くほど食い意地が張っていたり、人間関係に悩んで落ち込んだりといった側面もある。
後の山風を彷彿とさせる点といえば、人間観察の鋭さと、冷血にも見えるほどの理性的な判断でしょうか。昭和十九年七月八日の日記にこう書かれています。」

「山田は皮肉屋だ」とよくいわれる。
しかし自分はべつに故意に意地悪い観察をしている覚えはない。人間は美と醜の両反面を持っていることは事実である。そのどちらをも自分は唇に上せたい。ただ人間は醜を美の仮面で覆うことが多いから、その刹那に真実を指摘したい衝動にかられ、かくて「山田は辛辣だ」といわれることになるに過ぎない。美だって、公平に認めようとしているのである。

「言いたいことは理屈的にも心情的にも非常によく理解できるんですが、周りからすれば、こういうことを考えたり言ったりするのがもうアウトだったんでしょう。こういうタイプは愛さずにはいられないなあ。」

「そのほか目に付いた点など。」

  • 戦争についての考え方は非常に興味深かった。配給が遅れることや情報が少ないことで国を非難したりしているものの、全体としてはごく普通に太平洋戦争を肯定しています。「本土決戦になれば日本人は皆玉砕するのが当然」という趣旨のことを書いていたり。今でこそ戦争 = 悪というイメージが固定化されていますが、山風ほど聡明な青年でもこう考えているのだから、当時としてはあれは正義の戦争以外の何物でもなかったのでしょう。しかし、考えてみれば、正義じゃない戦争なんてほとんどないのか。
  • 意外と感動屋で激情家です。神風部隊の記事に感動を隠さなかったり、卑劣な人間に対する侮蔑の意を隠さなかったり。
  • 昭和十九年九月二十五日の日記より。共感。

まことに虫よき話なれども、金のことにて苦労するはいやなり。金がくだらぬものと承知しているがゆえに、そのくだらぬ金にて苦労するはいよいよいやなものなり。

  • 昭和十八年一月三十一日、給料日に同僚から奢ってもらったときの馬食の様子が凄まじいので引用します。

まず品川でカレー丼を平げる。
それから五反田へ帰ってから、自分が昨日昼探検にいってなかなか上等なものを食わせると感嘆した大橋食堂へ菊地君を案内して、丼飯二杯、肉皿一皿、刺身一皿、芋と人参と卯の花の煮合せ一皿で、都合一人前一円十銭の大饗宴を張る。
自分はすっかりうれしくなってしまって、今度の自分の給料日には、ここで一杯飲もうととんだ約束をしてしまった。都合今夜は丼飯三杯食べたわけで、腹は苦しくって歩くのも大儀になった。
が、自分は愉快でたまらないので、今度は自分がオゴるからと、菊地君をひっぱって或るお汁粉屋で、お汁粉やあんみつやあべ川餅を大いに食った。そこを出てから、もう降参降参と悲鳴をあげる菊地君の片腕をつかまんばかりにして、今度は鮨屋に入る。菊地君が悲鳴をあげればあげるほど、自分は悠々たる態度を持つことに努力したが、腹は張り裂けるほど張り切って苦しかった。
ほんとうに救いようのない馬鹿とはこのことだ。

「この青年が、やがては淫術炸裂しまくりのバカ忍法帖を書いて書いて書きまくるようになるかと思うと、この先の山風に一体何が起こったのかと異常な不安に駆られますが、改めて考えてみると、実は山風は山風のままで作家になっていったのではないかとも思えます。真面目で感動屋で激情家で皮肉屋な山田君のままでね。
忍法帖の根底には、冷静に奇想を突き詰めて話を作っていく姿勢が見られます。例えば「人体が取り外し可能だったら何ができるか」といったワンアイディアから始まる思考実験。その上に、おそらくは山田青年が理想とした美しいもの、またはその逆の醜いものを載せていった結果があの小説群ではないかと。」

  • 使命に従って迷いなく死んでゆく忍者たちの誇りと悲しさ。
  • 人生経験から得られる「人間とは何か」という問いの答え。
  • 無私の愛情。

「してみると、直截的ではないものの、やはりこれはメイキングオブ山風の書だったのでしょう。重ねて言いますが、いい読書体験でした。感謝いたします。」

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