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2006-02-28

[]『兵法家伝書』(柳生宗矩、岩波文庫) 『兵法家伝書』(柳生宗矩、岩波文庫) - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『兵法家伝書』(柳生宗矩、岩波文庫) - イン殺

兵法家伝書―付・新陰流兵法目録事 (岩波文庫)

兵法家伝書―付・新陰流兵法目録事 (岩波文庫)

柳生宗矩が新陰流の極意を書き記した柳生家の秘伝書。新陰流の免許皆伝書としても使われていたとか。柳生という概念に喧嘩を売り続けて早幾年、遂に本家本元に手を出すまでになってしまいました。邪道を極めるには正道を学ぶべしとはファック文芸部師範・死ねない文豪氏の言葉ですが、あれですね、実際に学んでみると「え? これ本当に正道?」ということもあるものです。
まず兵法家伝書 第二部『殺人刀(せつにんとう)』から引用します。」

古にいへる事あり、「兵は不祥の器なり。天道之を悪む。止むことを獲ずして之を用ゐる、是れ天道也」と。此こと如何にとならば、弓矢・太刀・長刀、是を兵(つはもの)と云ひ、是を不吉不祥の器(うつわもの)也といへり。其故は、天道は物をいかす道なるに、却而ころす事をとるは、実に不祥の器也。しかれば、天道にたがふ所を即ちにくむといへる也。しかあれど、止むことを得ずして兵を用ゐて人をころすを、又天道也と云ふ。

(中略)

一人の悪に依りて万人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして万人をいかす。是等誠に、人をころす刀は、人を生かすつるぎなるべきにや。

「これをものすごく大雑把に要約するとこういうことです。」

「そりゃ人を斬っちゃ駄目だよ。そんなの当たり前の話でしょ。でもね、どうしても斬らなきゃならない場合だってあるじゃん。そいつぶっ殺さなきゃ何万人も苦しむとかね。それ斬るのは別に悪くないでしょ。むしろ斬って当たり前だよ。違う?」

「いかがでしょうか。これが徳川家康に認められたという“匹夫じゃない剣”ですよ。確かに凄まじいまでのオトナのリクツです。各種伝奇小説で宗矩があんなことになってしまった理由がようやく体で実感できました。そりゃ 50 も過ぎて家伝書の冒頭にこんなこと書く人が後世から何を言われても仕方ありません。ごめんなさい隆慶一郎先生、荒山徹先生。今まであなた方を絶望的な虚言癖だと思い込んでおりました。」

「そんなわけで、当サイトはこの本を読むに当たって以下 2 点に注意しました。」

  • 行間から垣間見えるであろう柳生但馬守宗矩の人格に注目する。宗矩ってとんでもなくどんな奴なの?
  • 柳生の剣の理を知る。「柳生の剣って剣禅一如ですよね」「剣禅一如とかはいい。柳生フレーズを探すんだ」

「この観点で引っかかった点を列挙します。古文を引用するのも面倒なので(おそらく誰も読まないし)、適当に現代語へ超訳します。」

「神様が中にいるから妙技を発する、これ。これが神妙剣つってね、柳生の極意なわけ。わかる?樹とかだってさ、中に神様が宿ってるから花も咲いて葉も茂るわけじゃん。でも樹を砕いたって神様引きずり出したりはできないでしょ。そんな風にね、内にいる神様が働くから凄い技がバンバン出る。これだよ。」

(P70 一 神・妙二字の釈)

「無刀っつったって別に刀を取る必要はないよ。刀取って見せびらかしたって仕方ないでしょ。大道芸人じゃないんだからさ。「取るぞ、取るぞー」っつって相手が取られるの嫌がったらそれでもいいんだよ。その間に杖でも扇でも使ってボコにすりゃいいでしょ。何でもいいから勝ちゃいいの。それが大事なの。」

(P98 無刀之巻)

「転(まろばし)っつったらあれだよ、心が転じることなのね。こう、舟の漕ぎ跡みたいにね、先に進んでくと後は消えてくみたいに一箇所に留まらない。これ。大体ね、一つのことに執着なんてしたら碌なことないよ。「蕾見してみいや」とか言ってショタっ子追いかけてたらスパーンと殺されちゃうからね。「心を留めない」。いいこと言ったねえ。もうこれ極意。ちゃんとメモった?」

(P110 一 摩拏羅尊者の偈に云く、心は万境に随って転ず、転処実に能く幽なり)

「これらを踏まえて、この本から読み取れる柳生但馬守宗矩の人物像を並べてみましょう。」

  • なんか知らないけど物凄い苦労をしてきた人。ところどころに「こんなことやったら碌な死に方しないよ」的な注意が入るが、その根拠が分からない。分からないが、何か具体的に嫌なことがあったんだろうなと思わせる説得力がある。
  • この本は言わば教科書だが、心得に当たる部分の書き方は非常に親切。ある概念を説明するときに古典を引用したり、表現を変えていろいろな側面から書いてみたりと懇切丁寧。知識も深いし、表現もなかなか豊か。
  • 白か黒かと言われると、やはり限りなくグレーだと思う。剣術自体について語ってる部分は非常にストイックなのに、冒頭の殺人刀云々がやたらと政治的過ぎます。終わり付近で急に「この歳でようやく剣術の滋味が分かってきた」としおらしいことを言い始めるのも怪しい。

「このように、ある程度伝奇物に慣れた人なら至高の妄想元テキストとして楽しめるはずなので、みんな読んで心の中のオレ宗矩を育てるといいです。
その他気になったことなど。」

  • 天狗コミックこと『新陰流兵法目録事』はやはり素敵すぎ。一人一人が必殺剣を持った天狗たちってどこの羅列キャラですか。智羅天の剣術「虎乱留」(こらんどめ)が気になります。
  • 家光が宗矩に宛てて書いた感謝状が収録されているが、 5 行くらいの文がどうにも頭悪く見えて仕方ない。漢字の開き方とかが何とも言えず気持ち悪い。家光は当時 17 〜 20 歳。うーん、これはボンクラ説を言い立てられても仕方ないかも。
  • 鍋島の殿様から来た書状が物凄い勢いで柳生の剣理について語っていて恐ろしい。いくら柳生に弟子入りして免許皆伝までもらってるからって、柳生の極意悟りすぎ。ほとんど家伝書と同じレベルのこと書いてるじゃないですか。何この武術に理解がありすぎる為政者。

(2006-03-12 追記)

「“一人を殺して万人が生きるなら云々”は別に普通なんじゃないの、という意見をいただきました。」

殺すことを正面から肯定ってのは世間体が悪いし、かといって実際には殺すわけだし。という状況からするとあの言回しはごく自然だと思います。一般的にではなく、プロの言葉としてですが。

「確かに普通です。まあそうとしか書き様がないよね、という感じ。ただ、あの部分を引用したのは理屈自体の問題ではないのです。
隆慶一郎の小説に出てくる柳生一族というのは“徳川の天下を安定させるため”という理由で様々な残虐行為手当を行うわけですよ。天皇の子どもを皆殺しにするとか、秀忠の兄弟を暗殺するとか、終いには天皇自体を亡き者にしようとするとか。そういった行動原理は全くの隆慶一郎フィクションだと思っていたんですが、実際に著作を読んでみると、当の柳生宗矩がそういう趣旨の発言をしていたわけです。
ああ、隆先生は火のないところに煙を立てたわけじゃなかったんだ、単に火に油を注いでいただけだったんだね、という感動の表れです。油の量と質は自ずから別問題ですけどね。」

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