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イン殺 RSSフィード

2007-05-05

[]『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ、講談社) 『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ、講談社) - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ、講談社) - イン殺

「読み返したので。」

おおきく振りかぶって (1)

おおきく振りかぶって (1)

おおきく振りかぶって(7) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(7) (アフタヌーンKC)

「『おおきく振りかぶって』が凄いということは今更くどくどと説明するまでもなく、あちこちで語り尽くされていると思われますので、単刀直入に自分がこの作品をどう楽しんだかを書きます。」

「よく言われるであろう球児たちの友情だとか、キャラクター造形の細かさなんかについては、個人的にはそれほど感銘を受けませんでした*1
ではどこが面白かったかというと、作品の底に流れる"成長選択"とでも言うべき概念です。」

「"成長選択"というのは何となく思いついた言い回しで、ちゃんとした用語ではありません。もっと適切な言葉があるのかもしれませんが、不勉強にして近い概念を知らないので、この文では"成長選択"で統一します。
これがどういう考え方かというと、キャラクターの成長とはまんべんなく全方向に伸びることではなく、ある主体が望んだ方向に特化して伸びる / 伸ばせると捉える発想です。 RPG で言うところのスキルシステムに近い考え方です。レベルアップによって全パラメータが底上げされるのではなく、ポイント等を割り振ってプレイヤーが特殊能力を選ぶシステム。最近の気の利いた RPG では表現形は違うにせよ、ほとんどスタンダードになっているんじゃないかと思います。」

「結論から言うと、西浦高校のトレーニングと試合戦術がこのスキルシステムにかなり近いこと、また、そのスキル選択が非常な説得力を持って描かれていることが『おおきく振りかぶって』の特異な点であると捉えました。」

西浦高校のプレイスタイル

「ゲームの喩えを続けると、西浦高校(特に三橋・阿部)が考える野球というゲームの最適戦術は"環境コントロール"であり、そこで勝つための必須スキルが"行動制御"と"ステータス異常防止"、そして"氷のような状況判断"です。」

「まず、ピッチャーである主人公・三橋には特殊スキルとして"並外れたコントロール"が与えられています。この能力に気づいたキャッチャー阿部が呟いた一言「甲子園に行ける」は、バッテリー、ひいては西浦の防御戦略を暗示しています。野球というゲームはホームランさえ避ければ、ヒットなら三本まで打たれても得点にはなりません。それはつまり、直撃さえ避ければ無傷で場を制圧できるというダメージ管理です。調停者たるキャッチャーが判断を誤らない限り、味方へのダメージは入らないのです。
もっと言うと、場のコントロールは目先のダメージ(進塁打・得点)よりも重要されます。実際、作中では「ヒットなら打たれてもいい」「一点までならあげてもいい」といった描写が頻発します。この"コントロール可能な脅威はもはや脅威ではない"という発想は、個人的な野球漫画の最高傑作『ONE OUTS』に通底する考え方で、 xx としては三度の飯より大好物です。」

「更に、このコントロール可能という考え方が西浦の監督方針にも現れているように感じました。それが顕著だったのがメンタルトレーニングの説明シーンと、応援団の意味についてモモカンが語るシーン。
メントレについては、野球漫画でこの説明を取り入れること自体が珍しく、『おおきく振りかぶって』の長所の一つとしてよく引き合いに出されますが、ゲーム的な観点から見ると、メントレによってピンチ / チャンスの状況での緊張を防ぐという発想は"ステータス異常の防止"に相当します。これに気づいたとき、今まで何となくピンと来なかったスポーツにおけるメンタル面の影響度というものがかなり自分なりにイメージできるようになりました。確かに、 RPG においてステータス異常から回復できないということは、ほぼダイレクトに全滅へと直結する死にフラグです。なるほど、どう戦うか以前に、まず手も足も出なくなる状況を避けるのか。最初に覚えるべきは行動不能を回避するスキルなのか、という納得感。ということはテニプリの四天宝寺千手観音コンビは割と本気で最悪の敵だったんじゃないかという余談に思い至るところですがそれはまた別の物語。」

「応援団が何のために必要なのか、という部分も同様。すいません、これを読むまで応援団が何の役に立つのかをちゃんと認識してませんでした。正直、応援されたからって選手のモチベーションが上がるとは限らないんじゃないの? じゃあ集団で大声を張り上げて応援する意味って何? と思ってました。そうではなく、選手が失敗したときに観客から漏れるため息を防ぎ、メンタル面のマイナス効果を刈り取るための、防御としての応援団という発想。……なるほど、面白い。」

「更には、このあたりの場のコントロールは暗黙的というか必然的にメタゲームを要求します。つまりは情報戦です。スキルシステムというものは多かれ少なかれ、場の情報を取り入れないことには成り立たないからです。平たく言うなら「ファイナルファンタジーで今後五時間はボム系しか出てこないと知ってたらファイラとブリザラどっちを覚えますか」ということです。そのあたりが夏大会緒戦の VS 桐青高校、また連載で進行中の VS 美丞大狭山高校でかなりあからさまに描かれていて興味深く読んでます。後者はまだ単行本になっていないので詳述は避けますが、既に場は互いが互いを知っており、互いが互いを知っていることを知っている高次のメタゲームに突入していて楽しいです。」

成長選択の面白さと、『おおきく振りかぶって』の先行き

「成長選択がなぜ素晴らしいかと言うと、それは汎用的かつ自発的なメタスキルだからです。
スキルシステムにはある制約というか大前提がありまして、それは"リソースは常に不足する"ということです。というか、むしろリソースが不足するようにデザインされているからこそ、限られたリソースを最大限に活用するスキルの見極めが必須となり、ゲームは単純なきったはったの殴り合いからワンランク上のゲームバランスの削り合いへと進化します。
2005 年から 2006 年にかけて xx が延々遊んだ『ロマンシング・サガ ミンストレルソング』、また今年初めの『世界樹の迷宮』は、この成長選択が大きな魅力の一つとなっており、キャラクターの育成には一貫したポリシー、その場で必要とされるリソースの冷静な見極め、徹底した選択と集約が求められます。『ロマンシング・サガ ミンストレルソング』から名言をひとつ引用します。」

エロールは賢い神だな。人間を力弱く作った。力がないから、知恵がいる、勇気がいる。

ロマンシング・サガ ミンストレルソング 巨人族の長老の言葉

「勝つためには何が必要で、自分には何が足りないのかを見極める技術が成長選択です。全ては自分の弱さを認めたときに始まります。『おお振り』の『今の練習時間のままだと、やりたいことやりきる前に夏大会が始まっちゃうのよ』というモモカンの台詞を思い出していただきたい。もしくは『チームを作ると二人くらいはいい子が入ってくる、だから二人では勝てない』という台詞。
実際問題、西浦高校のステータスは貧弱といっていいレベルです。新設の一年生ばかりのチーム。基礎体力、技術、経験、予算、全てにおいて優勝高の大きく下に位置します。しかしながら、だからといって勝てないのかというと、そんなことはないのですよ。御存じのとおり。」

「これは個人的な偏見なんですが、"スポーツマンシップの育成"だとか"参加することに意義がある"といった物言いは昔から嫌いでして、特に高校野球に対してはその手のファンタジーが外部から勝手に付加されることが多い気がします。「負けてもいいから一生懸命」とか言っちゃうパターンですね。そのようにスポーツを精神修養の一種と見なすのは、むしろスポーツを侮辱する考え方であり、成長というものを勘違いした発想だと思います。修行僧が滝に打たれるんじゃないんだからさ。
『おおきく振りかぶって』の"できないことはできないから、できることをやる"という考え方は、そういった無駄な精神論をものすごく爽やかに DIS っていると思いました。成長というのは三年間走り込みや守備練習を繰り返せば勝手に身に付くものではありません。自分に足りないもの、勝つために必要なものを常に求め続け、何をすればそれが手に入るのかを考え続けた末に人は育つのです。」

「『おおきく振りかぶって』の冷徹とさえ言える彼我の戦力分析を見るに、近い将来西浦高校は負けるでしょう。どう見ても作者は「一年生だけの新設チームがあれよあれよという間に甲子園でトップ獲っちゃいました」みたいなファンタジーをぬけぬけと描く人ではありません。せいぜい県大会決勝進出くらいがいいところでしょうか。
しかし、その敗北は『おお振り』の終焉を意味しないどころか、むしろ西浦が負けた瞬間から物語は面白くなるでしょう。何となれば、 RPG において我々が何百回何千回と体験しているとおり、強敵と全滅こそはパーティを進化させる原動力だからです。彼らは負けた理由を徹底的に考え続け、次に勝つために何が必要かを求め続けるでしょう。その展開が今から楽しみです。」

蛇足

「野球をゲームとして捉える観点に興味がある向きには『ONE OUTS』をお勧めします。最近『LIAR GAME』がドラマ化された甲斐谷忍の傑作です。今まで読んだ野球漫画の中で一番面白いと思いますが、同時に『ここまで来るともう野球漫画じゃないよな』とも感じます。特に 3 〜 4 巻あたりはいい意味で野球を超えていて素晴らしいので、未読の方はぜひ。」

ONE OUTS 4 (ヤングジャンプコミックス)

ONE OUTS 4 (ヤングジャンプコミックス)

*1:部分的に三橋や阿部がかわいいとは思う。

しゃべれるしゃべれる2007/05/07 20:27ご存知かもしれませんが、ビッグコミックスピリッツに連載中のラストイニングもお勧め。
主人公は元インチキセールスマンで、師匠は高校野球賭博のためのハンデキャップを設定するハンデ師と言う設定です。

eses2007/05/07 21:24メタゲーム的には、予備の対策カードを保持できない西浦高校は相当不利ですね。つまり、その点で真っ当な強デッキは組めない感じ。
MtGの大会的に捉えると、メタゲーム同士の強豪デッキ群に対して「対戦運が良かったので準決勝までいけた」感じの一点突破レアデッキ扱いでしょうか。

xx-internetxx-internet2007/05/08 00:39> しゃべれるさん
中原裕は『奈緒子』が趣味に合わなかったので敬遠してました。そのうち読みます。

> es さん
どちらかというと「レシピが全く知られていなかったのでベテランを食ってしまった無色単ウィニーデッキ」あたりじゃないかと思います。安いけど理に適っていて微妙に対策が追いつかない、みたいな。
野球は M:tG ほど相性が極端じゃないので、この戦略で来られたら敗北確定という局面は少ないのかもしれません。その意味だと西浦にも当分目はありそうです。『ONE OUTS』信者からすると「一回表三橋へのスライディングタックルで一撃だな」とは思いますが。

david-ricedavid-rice2007/05/08 08:21プロ野球に入る前の『ドカベン』って、あの時代にしてはかなりゲーム制のあるスポーツ漫画だったと思います。

試合のメインは「相手の超能力(悪球打ち、超スローボールなど)を破るために自分の超能力をいかに活用するか」というスタンドバトルですし。

sekizukasekizuka2007/05/09 02:19三田紀房「甲子園へ行こう!」も結構近いかも。

十兵衛十兵衛2007/05/09 09:47アニメが楽しくて仕方ありません。『おお振り』の面白さは、西浦高ピッチャー三橋の数多くの制限にあると思います。
1.阿部のリードがないとアウトひとつも獲れない(と思い込んでいる)
2.性格がヘタレで挙動不審
3.球速がおそくて軽い
特に1が面白いですね。本来ならピッチャーとしては致命的な制限なのですが、この漫画はこれらをすべて長所として裏返している。

レフレフ2007/05/09 13:58自分の持った感想を文章に変えて、かつ人に伝えるのは高度なテクニックを要する
 貴方の書いた文章はまさに↑があるように感じた
 長い文章にもかかわらず中弛みせずに読み切れたのも素晴らしい

xx-internetxx-internet2007/05/10 06:19> david-rice さん、sekizuka さん
そのあたり、多少考えていることがあるので書くかもしれません。

> 十兵衛さん
その制約ですが、 (1) 以外は『ONE OUTS』の主人公・渡久地と似ています。本文でも書きましたが、戦術的には『おお振り』と『ONE OUTS』は非常に近い作品だと思います。ただ、 (1) から来るバッテリーの関係性とか、高校生ゆえのメンタルの弱さ(と成長)あたりが、より一般受けする要因なのかと。

> レフさん
ありがとうございます。具現化は blogger の基礎であり奥義ですよね。

かげうらかげうら2007/05/10 11:04こんにちは。
この記事を読んでいて、よく似ている野球「小説」を思い出しました。

電撃文庫の「若草野球部狂想曲」というものなのですが、この小説も戦略的にとても面白い野球小説ですよ。キャラクー他も似ていて、ピッチャーはアンダーで120キロしかでない、でもコントロール抜群の弱気な女の子、キャッチャーは阿部同様頭の切れるタイプ。おお振り同様コントロールと戦術で勝っていくタイプです。
あと、物理学などで解説されている野球の手法や魔球は野球好きならとても面白いと思います。

ただ、結構昔の本なので古本屋さんでないと手に入らないかもしれません……。

時雨時雨2007/06/02 14:34僕もこの漫画を読んでて「若草野球部狂想曲」を思い出した内の一人です
勝つために何をすべきかということを追求していく所も似てるように思います

とおりすがりとおりすがり2009/07/22 09:57ラストイニングが出ましたが、あれを最初に見た時、原秀則の「やったろうじゃん」を思い出しましたよ。
でもどんな話だったかはわすれ(ry