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2007-10-09

[]悪意で営める職業 悪意で営める職業 - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 悪意で営める職業 - イン殺

「様々な職業の中で、人に対する悪意を原動力にできるものは何かということを考えている。悪意を秘めたまま従事しても問題ない職業ではなく、むしろ悪意があるからこそ、悪意が強力だからこそライトスタッフたりうる職業というものは存在するのか。」

「まず対人関係が必要とされるサラリーマンは軒並みアウトでしょう。接客業も当然ダメ。肉体的接触があるスポーツ選手はかなり危険です。医者に悪意があったらそれはチョコラータです。料理人に悪意があったら行き着くところはドーピングコンソメスープです。自分の技術で世の中を渡っていけそうなプログラマなどは一見適職に見えますが、実際は全然ダメだと思います。他人のプロダクトやコードに尊敬と理解を抱けない奴と一緒に仕事をしたがるプログラマはいません。」

「学者はどうか。これは想像でしか言えませんが、理論的な面はともかく、学閥の中では大成しないような気がします。ニュートンはまごうことなき糞野郎だったと伝えられますが、ああいうのはどうなんでしょうか。」

「芸術家。これはかなり有望そうです。"感情まかせの仕事がしたければ今すぐ退職して芸術家にでもなりなさい"って熊耳さんも言ってました。我らが偉大なる荒山徹先生の例を引くまでもなく、悪意に基づいて書かれた小説は山ほどあります。『昴』の主人公はダンスで人を痛めつけることに快感を覚えていました。悪意が才能を引き出すのなら、芸術家こそは悪魔が唯一正のスパイラルを描ける職業なのかもしれません。
ただ、一つ気になるのは、芸術家も所詮は人気商売であり、あまりにも観客を打倒してやまない作品はやがて市場から嫌われるのではないかということ。我らが偉大なる荒(以下略)」

「そういった可能性を考慮した結果、最初の問いに自分なりの答えを出すなら、それは"棋士"だと思います。
これは将棋界に詳しくない人間の想像なので間違っているかもしれませんが、対極相手へのとてつもない害意を原動力にする棋士がいたとして、それを理由に彼を排除することはできないんじゃないでしょうか。仮に彼の将棋が邪悪と殺意に満ち、相手から優越感を刈り取ることだけを目的にした手が満載され、対局者が十年夢に見るような禍々しいものだったとしても、だからといってトーナメントで彼を失格にはできないでしょう。棋士の評価が勝敗のみで決まるなら、彼が勝ちつづける限り、彼の悪意のスパイラルを止める方法はないのではないか。」

「……ということを羽海野チカ『3月のライオン』と『ハチワンダイバー』と『HUNTER×HUNTER 』のコムギのエピソードを同時に読んで考えた。」

逆さメガネ逆さメガネ2007/10/10 07:51「しおんの王」も加えてください

ある数学者ある数学者2007/10/10 10:50「ミスター反例」こと数学者の永田雅宜先生は、「これこれの命題が成り立つだろう」という数々の有名な予想に反例(予想が正しくない証拠)を与えたことで有名になったステキな先生です。どの位ステキかというと、周りの数学者たちに「早く(予想の)証明を完成させなければ、永田が反例を作ってしまう」と言わしめた(ソースは言った側の先生ご本人)程度にはステキです。
永田先生の原動力が悪意だとは思いませんが、「他の数学者が立てた予想が気に入らないからと片っ端から反例を与えまくる数学者」というソリューションはそこそこ現実的なのではないかと

ある数学者ある数学者2007/10/10 11:30>棋士
対局相手への悪意が盤上に留まっている(タイトル戦の前夜祭で相手に一服盛ったりしない)限り、大した問題もなく生存可能かと。囲碁は知りませんが、将棋界には「自分が先手なのに初手を指さず、相手が『自分が先手なのか?』と勘違いして初手を指す(反則負け)のを待つ」「相手が心臓発作を起こすかもしれないから、と負け将棋を長引かせる」「対局を早く終えてアイドルのライブに行きたいからと考慮時間無消費で早指しを続け、しかも勝つ」というステキな棋士たちがリアルに活躍していますから。

  2007/10/10 15:11ゴシップライターの悪意むき出しっぷりは目に余るほどですよ。妊娠だ離婚だそんなんばっかし。読者もそういうのを求めて読むんだからどっちもどっちですがね。

それならばそれならば2007/10/11 05:32『月下の棋士』という漫画は然りと言えるかも知れませんね。
彼等は自分が絶対勝つという一点で正直ですが、傍から見たら
単なる迷惑なイカレ野郎ばかりです。

zozo2007/10/11 14:03>他人のプロダクトやコードに尊敬と理解を抱けない奴と一緒に仕事をしたがるプログラマはいません

こういう観点もありなら、やっぱり棋士だって駄目だと思いますよ。過去の棋譜や戦型を馬鹿にして研究しない棋士で強い棋士なんていませんから(極少数いないことはないですがタイトル戦に登場するようなレベルではないです)。強い棋士達はほぼ例外なく、一般人からすれば気が遠くなるほど過去の棋譜を研究してますし、それができるのは将棋と棋譜に対するある種の畏敬の念からというのもあるかと。 一服盛るのは明らかに犯罪ですが(笑)将棋ルール上であの手この手というのはまあ受け取り方は人によるかもしれませんね(私はそんなとこも楽しむ派)。ただ、性格に関係なく強ければ食える、というのは確かに言えるかもしれません。あまりない世界ですよね。

mori-tahyouemori-tahyoue2007/10/11 21:39「欲望」とか「損得勘定」を悪意とする(人名より優先する、とか)なら、市場経済は悪意を基準に構成されているとも言えませんかね。

uraniouranio2007/10/11 22:05>相手が心臓発作を起こすかもしれないから
「相手が死すれば勝負なし」ですね。

hate666death13hate666death132007/10/12 00:32棋士の給料は、将棋愛好家が本や新聞を買うことにより捻出されます。よって、ファンサービスは大事。ただ、羽生さんなんかは、賞金だけで軽く生活していけることも事実です。将棋連盟自体は悪意では営めないけど、棋士個人なら、確かに可能ですね。だから変人が多いのかも。

北風北風2007/10/12 20:15叩け、叩け、叩け~ とか、肉体的接触のあるスポーツはむしろありなんでは?と。
また、自転車とか陸上とか肉体的接触のないスポーツでも可かと。
悪意だろうが憎悪だろうがそれが肉体・精神を支えるものになるのであれば。

rokuroku2007/10/13 01:13>肉体的接触のあるスポーツはむしろありなんでは
肉体的接触は後世において追体験が難しいところがネックでしょう。人の口で語られる感触は容易に捻じ曲げられます。彼の悪意が真に人々を打ちのめし忌諱されるレベルに達してしまえばその存在自体を闇に葬られることもありえます。
その点で、将棋であれば棋譜さえ残せば誰でもがその純粋な悪意を追体験することが可能です。

xx-internetxx-internet2007/10/14 12:05いろいろコメントありがとうございます。ここで言う悪意はネウロのシックス的な、「とにかく君が泣くのを見たいんだ」という感情と思っていただければ結構です。まあ、限りなく趣味です。

> 北風さん
肉体的接触があるスポーツを除外したのは、それが嵩じるといずれ相手を SATSUGAI しはじめるんじゃないかと思ったためです。それだと早い段階で追放されて職業・殺し屋にでも転職するしかなくなってしまうので、正のスパイラルとは言い難いかなと。

> zo さん
確かに、プロダクトへの尊敬と悪意は別かもしれません。それだと"努力はするけどものすごく邪悪なプログラマ"も存在できるかもしれませんね。星新一の短篇にそんなのがありました。成功の秘訣を聞かれても何も答えない社長の話。

北風北風2007/10/15 22:18>その点で、将棋であれば棋譜さえ残せば誰でもがその純粋な悪意を追体験することが可能です。

これは難しいところです。将棋でなくとも自分を有利にする手は理・利に基づいているものです。理や利を追体験することはできますが、悪意などの人の感覚は追体験できないものです。

「敗者の絶望にむせぶ顔が見たい」などの悪意であれば、勝負事など全般に共通してしまいますし、悪意を活力にして努力し続けることであればどんな職業でも可ですね。

北風北風2007/10/15 22:30>肉体的接触があるスポーツを除外したのは、それが嵩じるといずれ相手を SATSUGAI しはじめるんじゃないかと思ったためです。

マジレスしますと、スポーツには、そういうことが生じないためという点からもルールがあります。
「ルールの逸脱」というか何でもありなら、将棋指しも盤外で毒なり盛ればいいとかなってしまうので。

格闘技系は、悪意との正のスパイラルというか、「その技術そのものの上達が悪意を実現させる方法ともなりうる」という点があります。
例えば、「他人を血反吐を吐くまでぶちのめす」ということに快感を覚える人間がいたとして、それをより効果的に確実に行うためにその技術を徹底的に追求し、それをリングの上でルールに基づいて実行し続けたとして、その結果、チャンピオンに君臨することになる、といった形での、欲求→実現手段の追求→欲求の実行→実行の成果による社会的成功、といった分かりやすい「正のスパイラル」ができそうです。

ある数学者ある数学者2007/10/16 03:49>将棋でなくとも自分を有利にする手は理・利に基づいているものです。理や利を追体験することはできますが、悪意などの人の感覚は追体験できないものです。

「複数ある勝ち筋のどれを選んだか」という部分から
指し手の悪意を感じ取る、ということは可能かもしれません。
例えば、将棋であれば「常に相手の駒を全て剥ぎ取って勝つ」
「常に自分の持ち駒をぴったり使い切って勝つ」、
囲碁なら「常に半目差で勝つ」などを実践している指し手が
もしいたとしたら、そこから(悪意かどうかはさておき)
何らかの指し手の意図や感情を読み取れるのではないでしょうか。

北風北風2007/10/16 21:14>何らかの指し手の意図や感情を読み取れるのではないでしょうか。

 ゲーム上の流れや方針と、指し手の感情は区別する必要があると思います。
 麻雀のひっかけリーチをした譜を見て、打ち手がどう局面を判断してリーチしたのか、とか、逆転トップ狙いではないか、とかその牌がでそうな上家狙いではないか、とか理・利に属する範囲(ゲーム上の方針など)は追体験できますが、「とにかく上家をハコにしてやろうという悪意」とか「上家が嫌いという感情」とかは読み取りにくいものです。
 
>「複数ある勝ち筋のどれを選んだか」という部分から

通常は理や利を離れた手を指せば不利になります。書かれておられるようにどうやっても勝ちという大差の局面、という限定状況でしょうが、投了されてそれまでかもしれません。

お書きになっておられることに近い有名な局では、昭和35年の大山名人vs加藤八段(段位は当時)があります。
実際に、観戦記に「町人根性で(注:トドメを刺されずに)いたぶられる」とか書かれていますし。

2,02,02007/10/16 22:31・囲碁の話ですが、素人と対戦した達人がやたら長考するので不思議に思っていたところ、終わってみたら盤面に絵ができていた…というのを(真偽はさておき)聞いたことがあります。さすがにプロ相手じゃ無理でしょうが。
・プロには、勝敗が確定した時点で「形作り」と称して双方の暗黙の合意のもと接戦に見せかける習慣があると聞き及んでいますが、それを許さないというのはどうでしょう。単に当人の株を下げるだけの気もします。
・>職業・殺し屋 実はタイトル見て最初に考えたのがこれなんですが。やっぱりこれとかテロリストさんとかは職業に入れてもらえないんですね。軍人は如何。

ある数学者ある数学者2007/10/17 07:18「複数ある勝ち筋のどれを選んだか」というくだりは、(最終的には勝てるけれども)勝つという目的から考えると全く利を見いだせない(しかも凡ミスとも思えない)手、ということを想像していました。麻雀と違って将棋は完全情報ゲーム(対戦者の知ることができない情報が無い)なので、第三者から見て指し手にとっての「利」が全く見いだせない手というのがあり得るのではないか、と。
その例として考えたのが、相手の王を詰ませにかかる前に余る予定の持ち駒を無駄捨てする、という行動です。ただ、現実の対局でも考慮時間を稼ぐために持駒の歩を無駄捨てする光景はしばしば見かけますので、これだと例として弱いでしょうか。

>どうやっても勝ちという大差の局面、という限定状況でしょうが、
一つめの例は確かに大差が前提ですが、「持ち駒を使い切る」という例については、プロの対局でも詰み手順の初手ないし途中まで指されてから投了という場合も多い(むしろ接戦の場合ほどそうなりやすい)ので、その手順の最初で件の行動を繰り出すチャンスがあります。

>「形作り」
将棋の場合、敗色濃厚な側が、守りに入ってもじり貧だと判断した場合、負けるとわかっていても攻めに転じて「相手がミスすれば逆転もあり得る」状況を作る行動をこう呼ぶと理解しています。この場合、「形作り」をも許さない指し回し、というのはそれだけ圧倒的な差をつけるということですから、むしろ勝った側の強さを際立たせるような気がします。

北風北風2007/10/20 09:41>「形作り」
 展開にもよると思います。「双方がお互いの王に攻撃をしかけており、王を捕らえる速度勝負」であれば、形作りを許さないとはできないでしょうし、「片方が攻撃し片方が防御で受けきるか攻めきるかの状況」であれば、受けきられて攻撃陣が壊滅した状況では「形作り」もできませんので。
>勝った側の強さ
 上の状況での勝った側の強さは確かに目立ちますが、一方で、剣道の見切りじゃないですが、「接戦のぎりぎりの勝ちを読みきった」勝ちでも勝った側の強さを感じますので、それも一概にはいえないかと。

>(最終的には勝てるけれども)勝つという目的から考えると全く利を見いだせない(しかも凡ミスとも思えない)手

 勝つという目的から考えると、というところから、ゲーム的にはようは一手パスのような手ですから、最終的に勝つ上でその手を指す余裕がある時点で、まあ大差の局面かなあ、と。
 全く利がないわけではないが、というのであれば、有名どころでは、阪田三吉の「端歩突き」がありますね。(負け試合でしたが)悪意うんぬんではなく、「わしはわしの将棋をさすんや」というような意図ないしは意思が伝わってくる手であります。

ある数学者ある数学者2007/10/20 16:32>勝つという目的から考えると、というところから、ゲーム的にはようは一手パスのような手ですから、最終的に勝つ上でその手を指す余裕がある時点で、まあ大差の局面かなあ、と。

「全く利を見いだせない」という書き方が良くなかったのでしょうかね。別の例えでいうと、対戦格闘ゲームで、両者体力の残りがほぼゼロ(つまり接戦)で、片方のキャラが気絶状態になっていて、もう片方のキャラは何でも良いから目の前の相手にあと一撃加えるだけで勝てる、という状況を考えます。ここで、気絶状態の間にどうやって最後の一撃を加えようと「勝つ」目的からは全て等価な行動ですが、そこでどの攻撃を選ぶかにはプレイヤーの性格が出ますよね、という話です。
将棋の詰め手順も、相手に抵抗の余地がないという意味では気絶状態のようなものですが、大差の局面でなくても複数の詰め手順が存在することはざらにあります。

NAPORINNAPORIN2007/10/23 15:37空気も流れも読まずに投下。
百人一首競技かるた。競技者100万人と全日本かるた協会はいっています。

大会でも審判がつかず直接交渉なので「今の1枚」をめぐって幼稚園児を口先3寸で泣かす20歳とかけっこう目撃っていうかこれ以上いうとあれ誰かが来

北風北風2007/10/23 22:20>将棋の詰め手順も、相手に抵抗の余地がないという意味では気絶状態のようなものですが、大差の局面でなくても複数の詰め手順が存在することはざらにあります。

いやいや、「詰め手順が存在する」という時点で片方の勝ちが確定している=ゲーム的に究極の大差ですけど。

>ここで、気絶状態の間にどうやって最後の一撃を加えようと「勝つ」目的からは全て等価な行動ですが、そこでどの攻撃を選ぶかにはプレイヤーの性格が出ますよね、という話です。

というのであれば、「優劣不明で最善手が分からない」状態で、どういう手を選択するか、というところでプレイヤーの性格というか個性はでやすいと思います。

本題の悪意に戻ると、本文にあるような、「邪悪や悪意に満ちた」棋譜はありうるのか?というところですね。
大差や勝ち確定やカオスな限定状態での単発な手ならともかく、棋譜としてそうした悪意があるものは難しいのでは、というのが私の感想です。

ある数学者ある数学者2007/10/24 09:47>NAPORINさん
対戦型なのに審判がつかないとはとんでもない(=褒め言葉)競技ですね。それとも録画なりして、後から検証可能なようにしてあるのでしょうか。

とりあえず思いついたものを。ルールを知らずに書いているので識者の突っ込み歓迎。
・直接交渉で相手を言い負かす快感が目的で、わざと毎回微妙なタイミングで札を取りにいくプレイヤー
・相手の手への破壊攻撃が目的で、わざと毎回微妙な(後略)
・・繊維を使用わせてもらった
・・・いやにあっさり取らせると思ったぜ
・異性の手に触れる(or触れてもらう)のが目的で、わざと(後略)
・同性の手に(後略)
・相手が札を取る直前にすり替えて、相手の反則のみで勝ち進むイカサマ師
・相手が札を取ろうとすると、そこにはいつの間にか画鋲が
・相手が札を取ろうとすると、そこにはいつの間にか腐ったミカンが

ある数学者ある数学者2007/10/24 10:02>北風さん
どうやら何を「大差の局面」と捉えるかがお互いに食い違っているようですね。納得しました。

私の感想としては、一つの「手」に悪意が込められている(と第三者が見てわかる)という状態はやはりあり得ると思います。ただ、「全体」が悪意に満ちた棋譜というのは仰る通り難しいかもしれません。

で、さらに本題に戻ると、「悪意を原動力にする棋士は存在できるか」ということですが、この点から考えるとむしろ棋譜から悪意を読み取られにくい方が有利ですよね。何らかの客観的な基準に基づかないと、誰かを排除するということはなかなかできないでしょうから。

NAPORINNAPORIN2007/10/24 22:32みかんと画鋲以外は近いものをたぶん目撃した気がします。周り中「それはあなたのおもいちがいです(ぷい)」というデレないツンだらけ。録画放映されるのは名人戦だけ、審判がつくのは優勝戦だけですが、あまりにモメが長いと係が周りをうろつきだす程度のことはありそうですし、チーム戦ではもちろん援護がつきます(私的録画)。数学者さんの書いたことはたぶん不可能ではない。
人と人の善意でなりたっている建前、ゴルフ並のアマちゃんみたいでその実おどろシビアな競技なのですが、くわしくはチャンピオンコミックスの「かるた」全1、2巻を読めばよいと。マンガルールではなく現実ルールの土俵でヒカ碁にマンガ化で負けているのは、強烈な悪役とかライバルが設定しにくい点だったんだなということに素人でもすぐ気づいちゃいますね(ネタバレですが、敵にすると卑怯につよくて、仲間になると急によわくなる三谷や邪鬼相当キャラはいます)。ちゃんと現実に即して正確にかいたら結果2巻で第一部完って、作者にしてみりゃどうすりゃいいんだと思ってるでしょうね。やっぱり顔が満ちかけするほそろしい敵役が、さあでるぞ、今でるぞぉ、信じられないと思うが聞いてくれって枕をたっぷりふっとかないといけなかったんだと思います。