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2009-02-15

[]『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン) 『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン) - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン) - イン殺

ダークナイト 特別版 [DVD]

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「この話の世界観はおそらく、『ハチワンダイバー』でマムシさんが語っていたものと似ています。なので、まずはマムシさんの"世界がどうできてるか"の解釈を小学生に教えるようにわかりやすく説明します。」

「世界が一つの都市であるとしましょう。都市は広く、果てしなく巨大なニューヨークのような街に全人類は住んでいます。その都市の名前は"常識"といいます。
大都市の下には沼が広がっています。沼はとても広く、果てしなく終わりがありません。その沼は"不条理"といいます。沼の中では常識は一切通用しません。そこは理屈に合わないことがまかり通る世界です。
大都市と沼を隔てるものは、薄い氷です。我々が地面だと思っているものは、実は一枚の薄氷です。薄氷は薄氷なので、割れます。毎日どこかでばんばん割れます。割れると、上にいる人たちは当然落ちます。落ちて不条理の沼の中に頭までつかります。そうやって毎日数万人が沼に落ちて人生がぶっ壊れます。ぶっ壊れつづけています。いまこの瞬間にも、この地上のどこかで。」

「ここからは私見です。人類はおそらく、不条理という沼と戦うために文明を築き上げてきました。きっと数百年前は 40 歳ほどで大抵の人が沼に落ち、不条理にまみれて人生を終えていたでしょう。地震雷火事虐殺。そういったものを避けるすべが文明であり文化であり、法律であり常識です。人々は沼に対して強い感情を抱きつづけてきました。怒り。憎しみ。あと恐怖。その感情が沼と戦う方法論を編み出したといってもいいでしょう。」

「不条理との戦い方は大きく分けて二つ。落ちた人を沼から引き上げるか、あらかじめ沼に落ちないように氷を補強するかです。この戦いはいま現在も全く日常的に続いており、前者の方法で不条理と相対する人は警察官とか消防士とか医師と呼ばれ、後者の方法で対峙する人は政治家とか社長とか学者と呼ばれます。一般的に言って、前者が失敗すると少数の人または本人が確実に沼で溺れ死に、後者が失敗すると広範囲の人が沼に落ちて前者の助けを必要とするようになりますが、これは余談。」

「『ダークナイト』には三人の重要な登場人物がいます。」

沼に落ちた人を引き上げる係
バットマン
氷を厚くする係
検事ハービー・デント
引きずり込む沼
ジョーカー

「あとの人は、三人の協力者以外は、たいていは氷の上で暮らしているか、人を氷の下に蹴落とす仕事をしているか、沼に落ちて死ぬかのどれかの役割です。世界観 OK ?」

(以下ネタバレにつき続きを読む記法)


いともたやすく行われるえげつない行為

「月並みですけど、救いがない、けど観てよかったと思える話ですね。かつて南條範夫先生が容赦なく振るい山口貴由先生が受け継いだ"無惨"という概念に通じるものがあります。信念を持った何名かがその意志を貫いて行き着くところまで行った結果、当人たちはそれぞれの役割を全うし、周囲の人々は巻き込まれて泥沼に落ち、そして結果的に誰も幸せにならない。氷の上から見たとき、"沼に落ちた人を引き上げるために沼の中へ降りていく者"と"沼"は、同じようにどす黒く得体の知れない何かに見える。意志を貫いた者がいたという記憶は、ごく少数の人間だけに残る。」

「不条理とそれに相対する人間、という意味では、スティーヴン・キング原作の『ミスト』(id:xx-internet:20080613:p1)に似ていると個人的に思いました。それとの比較で気になったのが、『ダークナイト』作中での神への言及が非常に少ないこと。不条理とか理不尽と戦うために宗教というメソッドは当然選択肢に出てくるはずで、例えば二つの船のシーンで神云々を言い出す人がもっといてもおかしくない気はしました。そこは製作者が意図的にオミットしているテーマである、というのが個人的な判断。*1

「『ミスト』感想でも少し書きましたが、神を信じない人間に逃げ道はないので、『ダークナイト』作中で巻き起こる不条理はそのまま人間にのしかかってきます。そこで何を以って理不尽に対するか、というのが立ったキャラに求められる骨子ですが、その点バットマン、ジョーカー、トゥーフェイスの造形は鉄筋コンクリートなみに頑丈だったと思います。」

「『ミスト』感想のあたりのログを読み返していたら、コメント欄の id:sing0537 さんの意見が面白かったので引用します。」

murumuru 2008/06/22 01:44
「美学」と「肥大化した自意識」の境界線ってどの辺りなんでしょうかね。

sing0537 2008/06/22 09:55
↑ 自説ですが、確立された美学は一神教の宗教における神のようなもんだと思います。それを信仰してる人の自意識とは関係なく、ことの美醜のみを審判の基準にする神です。美学は、美学を持っている本人さえも容赦なく裁きます。自分も他人も公平な審査対象で、偉いものは美しさと美しいものです。そうじゃない美学は紛い物で、つまり「肥大化した自意識」なんじゃないでしょうか? 明確な線引きは難しいと思います。

*

「バットマン、ジョーカー、トゥーフェイスの行動原理がそれぞれ美学であったかというと、そこは美学としか言いようがないですね。少なくとも彼らに私心はないし、犠牲の対象に自分が含まれることを避けていない。ブルースは社会的生命を投げ捨ててでもバットマンとしての正体を明かそうと決心するし、ジョーカーは札束の山に平然と放火し、躊躇なく走ってくるバイクの前に仁王立ちする。トゥーフェイスは豹変前はもちろんのこと、豹変後も不条理を体現する裁きの主として、自分の生死すらコインで決める。いずれも後退のネジが吹っ飛んだ人々です。理不尽なのに筋が通っているという特徴が、この映画の得がたい美点であることは間違いないです。」

狂人としてのジョーカー、トゥーフェイス評

「 Wikipedia によると、この作品のキャッチコピーとして『最強、最凶、最狂』があるそうです。最狂はジョーカーじゃないの、という点がまず引っかかると思いますが、考えた結果、これでいいんじゃないかという結論に落ち着きました。」

「狂人には理由ある狂人と理由なき狂人がいて、またその理由が余人の共感を呼ぶかという点で二つに分かれます。表にするとこう。」

共感できる共感できない
理由が分かるカテゴリ Aカテゴリ B
理由が分からないカテゴリ Cカテゴリ D

「共感できるできないは自ずから個人差があるので曖昧ですが、トゥーフェイスはほとんどの場合、カテゴリ A 。ジョーカーは圧倒的にカテゴリ D 。
ちなみにカテゴリ B に該当する中で xx が最も好きなのは『スティール・ボール・ラン』のリンゴォ・ロードアゲインです。プッチ神父も B ですが、あれはねえ。
カテゴリ D のサンプルとしては水木しげる"狐憑きの狂人"(id:xx-internet:20051017:p1)をおすすめしたい。」

「閑話休題。
カテゴリ間に貴賎はなく、どれも所詮は狂人ですが、カテゴリ C / D から A / B へ移動することはしばしば堕落のように扱われます。数年前、その動機の全てがトラウマとして回収されてしまったハンニバル・レクター博士が「あいつにはがっかりだ」的な評価を受けたことを思い出しました。したがって、ジョーカーのよさを心から堪能したいのであれば、彼の精神を分析するといった行為は無粋であると考えるべきでしょう。」

「ジョーカーは徹底的に感情移入を拒否するキャラクターです。口裂けエピソードが全てデタラメであること、負の感情を表に見せることがほとんどなく常に狂躁的であること、またその策があまりにも先手を読みすぎていることなどから、製作者が彼に与えた役割が、"人が狂ったもの"としての狂人ではなく、むしろ"全てを渾沌に飲み込む沼"であることが想像できるかと思います。そのひょうげた態度とは裏腹に、彼は徹頭徹尾真面目に自分の理屈に従っており、かつて和月伸宏先生が鵜堂刃衛を自ら評した言葉"クレイジーのようでいて実はマッド"にぴたりと該当するキャラです。通人ぶって偉そうに言わせていただくと、完璧すぎて少々可愛げが足りんですな。ものすごくいいですけど。」

「その点で言うと、光の騎士として登場し、恋人の死を経て人として狂っていったトゥーフェイスの説得力は大したものです。平野耕太先生が『ドラクエ4』について「デスピサロにあやまれ。いいからあやまれ。だってエルフの女の子だよ? 俺だって切れる。マジで。エルフだよ? ディードリッド殺されたら安田均だって切れるって。マジで。」と書いてたのを思い出しました。
あと、デザイン。『バットマン』はアニメ版を多少観ていた程度の知識ですが、それでもトゥーフェイスの名と、そのあしゅら男爵のごときデザインは脳にこびりついていました。ハービー・デント及びトゥーフェイスほどその顔に注目が集まる役柄もないでしょう。トゥーフェイス以降は焼け爛れた側の顔ばかり見てしまうのが若干アレですが。」

「ジョーカーとトゥーフェイスはどちらが上というものでもなく、それぞれの方向性が違っており、ファンの愛着がどちらにあるかが話題になりやすいという点で、いわゆるダブルヒロイン方式に近い発想じゃないかと思いました。『ダークナイト』は『きまぐれオレンジ☆ロード』のパクリ。二人ともに、実にロマンティック気違いだと思います。」

*1:トゥーフェイスは運という神に仕えている、と言えなくもないし、ジョーカーも渾沌という神に仕えていると言えなくもない。しかしそれは言うなればオレ神様(おれがみさま)なので、人口に膾炙した YHVH とは違う。

xx-internetxx-internet2009/02/16 00:19感想を書いたのでこれから他の人の『ダークナイト』評を読みに行きます。かぶってても間違ってても泣かない。

イタチイタチ2009/02/16 11:27ジョーカーは笑わないのが印象的でした
バットマンにぼこられたり、突き落とされたときだけですもんね、笑ってたの。好きな人の前でしか笑わない子と脳内変換すれば可愛いはず。多分

祇尾祇尾2009/02/16 17:02シンケンジャーを薦めた身として弁明させていただきますと、私はあの戦闘員は、純日本的な戦隊に対する作品におけるアンチ・テーゼであり、江戸柳生に対する朝鮮柳生のようなものと認識しておりました。というか実際見てみると蒙古襲来の時のモンゴル軍ぽいですね、あいつら。
とりあえずダークナイトはアイアンマンとセットで見てみようと思っています。

AAAAAA2009/02/16 23:16A-Bラインが壊れた人で狂、C-Dラインが人でなしで凶、という認識でよろしいでしょうか。

xx-internetxx-internet2009/02/17 00:48> イタチさん
自分のギャグで笑わないのが芸人のプライドなのかもしれません。

> 祇尾さん
あいつらにはガッカリです。幹部どもは和風なのに。
アイアンマンはいいですよ。

> AAA さん
よろしいです。自分で書いておいてカテゴリ C って何だ、という気はしました。月光仮面かな。

祇尾祇尾2009/02/17 23:05カテゴリCは、ヒューパンこと「霧崎雄一」辺りでどうでしょうか。パンを極めたいという思いは共感できるが、行き着く果てがなんでパン人類なのか理解できないので。

kodykody2009/02/18 19:10『ダークナイト』関連で冲方丁の小説『マルドゥック・ヴェロシティ』などどうでしょうか。前作『マルドゥック・スクランブル』の前日譚で、平たく言うならば「都市の暴力に負けるバットマン」の話です。
テーマやモチーフに『ダークナイト』と共通或いは好対照な部分が多く、個人的にノーランとウブカタは生き別れの双子か同じ星から電波を受信したかとさえ思います。登場人物もサイバー山風忍者みたいなフリークスばかりで非常に震えます(特に敵役のデザインは白眉)。
エルロイ風の記号を多用したクランチ文体なので少々読みづらいですが、『スクランブル』共々自信を持ってお薦めします。

あとシンケンジャーの6人目は太刀魚で戦うスシ王子らしいです。

木村木村2009/02/19 00:14基本的に「ダークナイト」はフランク・ミラーが晩年のバットマンを描いた「ダークナイト・リターンズ」から帰納的に描かれた前日譚です。
最終的に「ダークナイト・リターンズ」になることが決まっているんですね。「ダークナイト・リターンズ」のバットマンは覚悟がコスチュームを付けて歩いてるような存在で、迷いや受身とは無縁の存在す。
ちなみにフランク・ミラーが小池一夫の「子連れ狼」から多大な影響を受けているのは有名ですが、「リターンズ」のバットマンのファイトスタイルはまんま拝一刀だったりします。

木村木村2009/02/19 04:09邦訳版が絶版なのにこんなことを言うのは心苦しいですが、「ダークナイト」を理解するためには「ダークナイト・リターンズ」は必読です。シグルイと化した闇の騎士バットマンが最善の光の騎士スーパーマンとガチで殺しあうハルマゲドンこそがダークナイトの真の結末なので。

xx-internetxx-internet2009/02/19 06:55そろそろ「読め」の棚卸しをします。不義理失礼。
http://internet.kill.jp/wiki/index.php?%C6%C9%A4%E1

> 木村さん
大変興味深いですが、さすがに手間なので『バットマン・ビギンズ』を観つつゴッドハンドの導きを待ちます。

sing0537sing05372009/02/19 18:22コメントを引いていただき、恐縮です。ありがとうございました。

カテゴリCが大変興味深いです。
私的には、へうげものの宗匠などが該当する気がします。
美学一点突破の狂人なので、共感の可不可がそのまま、彼の美学を受け入れられるか否かにかかっている点が少し弱いですが。
ただ、彼が美によって壊された瞬間や、壊された理由は、作中では詳しく描写されていません。おそらく今後も説明されないでしょう。願望を言えば、「なぜ宗匠は狂ったのか?」という問いに対する答えは、へうげもののテーマと直結していて欲しい。個人的体験のトラウマとかが語られたら台無し。

思うに、カテゴリCの狂人は芸術や美食などを扱った作品でこそ見られるのではないでしょうか? 壊れる理由が、本人の感覚の中で完結しているケースが多いでしょうから。

WeizsackerWeizsacker2009/02/20 13:43「以て外とする」ので以外は境界を含まないのです

まりぽさまりぽさ2009/02/22 10:29鞘を持たないのは製品化した際に子供が指を挟んだり、飲み込む恐れのあるロボットの部品をなるべく減らしたい製作者の苦心の現れでしょうか。
それにしても敵の背中に平気で斬りかかる殿は士道不覚悟に当たらないか心配なのです。

bluebarbebluebarbe2009/08/15 21:43古い記事にコメントもあれですが、カテゴリCにクレバーな回答を思いつきました
"八百屋お七"ですよ