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2009-07-26

[][]『へうげもの(9)』(山田芳裕、講談社モーニング KC ) 『へうげもの(9)』(山田芳裕、講談社モーニング KC ) - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『へうげもの(9)』(山田芳裕、講談社モーニング KC ) - イン殺

へうげもの(9) (モーニング KC)

へうげもの(9) (モーニング KC)

(ネタバレを含みます)


宗匠語り

宗匠こと千利休は、一般に茶の湯の大成者として知られます。豊臣秀吉と対立し、石田三成の讒言によって処刑された彼のドラマチックな生涯は、その面白さゆえに幾度となく小説やドラマで取り上げられました。そこでは利休は芸術に殉じ、己を貫き通し、権力者に楯突いてでも己の数寄を通した悲劇の茶人として扱われることが多いです。彼の死、および今以て世に伝わる茶の心から、人は芸術の永遠性に思いを馳せてみたり、命よりも大事なものとは何かを思ってみたり、俺も生まれ変わったらあんなテンションで生きてみてえなぁーっとか、そんなようなことを考えたりします。」

「『へうげもの』の利休は違う。」

「『へうげもの』の利休はそのような殉教者面をしておりません。なるほど確かに彼が茶の湯の道における功労者であり、数寄者バカ一代であることは史実同様です。しかしながら、『へうげもの』における彼、以下宗匠は、数寄を貫いて美を振りまくことで世が変わるといったポジティブシンキングとはまったく相容れない思想の持ち主です。彼は知っている、そばにいる者を踏み台にでもしない限り、星々の高みに手など届かんということを。」

「己が好みを、新しき価値観を天下に押し付けることを憚らぬ宗匠は、その業ゆえに秀吉に反逆を促し、明智光秀の心に不安の種を蒔き、数々のはかりごとを経て、遂には己の美意識と相容れぬ織田信長を本能寺の変にて謀殺します。芸術のために己の命を張るどころではありません。まとまりかけていた天下を再び覆す危険を冒しても、大勢の人が死んでも、それでも宗匠はドゥーイッツです。民の暮らしより日の本の平和より夢が大事だからです。」

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"それが私の業にございます"

宗匠は織田信長を殺したことを少しも後悔していません。彼にとっては侘び数寄が世に流布すること、多くの人々がその価値観に従って暮らすことこそが幸福であるからです。同様に、彼にとって明智光秀を殺したことも後悔の対象ではなく、同様に天皇を弑し奉らんと目論むことも、それに同調しない豊臣秀吉を暗殺せんと謀ることも、呼吸するように当然のことでした。史実において誣告と確執によって死を賜った千利休は、『へうげもの』世界において、まったく殺されて当然の最上級大業者として魔人転生したのです。」

「そんな彼が後悔する日が来ました。明智光秀の辞世の句から下の句が排されており、彼が独力で俳句に到達するほど侘びを極めていたことを知った瞬間、宗匠はものすごい勢いで己が行いを悔やみます。」

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"さすれば私は……愚かにも……真のわびの芽を摘んでいたのだ………"

「自分はこのコマでのけぞって笑いました。
人 を 謀 殺 し て 天 下 を 引 っ く り 返 し て お い て 言 い た い こ と は そ れ だ け か。
まさに外道。」

「ひとつ注意しなければならないのは、宗匠の非道な行いは、彼の私欲から出たものではまったくない、ということ。宗匠はまごうことなき美への奉仕者であり、彼の美学は何よりもまず己を誅します。大事なのは世が利休好みの美で埋め尽くされることで、その素晴らしさに比べれば、彼自身を含めて人の命など些細なことです。それが宗匠の善です。
真と善と美とはまったく独立した概念で、真を美と評する向きも、善を美と評する向きもあるでしょうが、偽と悪と美をすべて並立させることは可能ですし、真で善であっても醜悪きわまりないことも多々あります。しかしながら、たいていの人は他の価値観を踏みにじって止まぬほど強烈にどれかへ入れ込むことはできません。真と善と美はそれぞれに理なり利なりがあり、できれば全てを満たしたいと思うのが人情です。宗匠にそのような躊躇はありません。だからこそ歴戦の猛将を恐れさせるほどに、利休の茶は怖い。」


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"あの茶を飲んで油断せぬ者はこの世におらぬ"

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"俺は恐ろしくて小便を洩らしてしまった……"

「誤解を呼びやすいところだと思いますが、宗匠は別に他人への共感力を欠いた化物ではありません。むしろ他者を思いやり、心情を汲み、無私の愛によってもてなすことに長けた名人です。わかっているからこそ宗匠は無限に優しく、そしてわかっていて踏みにじるからこそ宗匠は無限に恐ろしいのです。老賊魔魅に入り、人天を悩乱して了る時なしとか。悪の動機とは「理解できる <-> 理解できない」「共感できる <-> 共感できない」の二軸で分類可能ですが、宗匠の動機は完全に「理解できる / 共感できない」の極みです。理解できる分よりタチが悪いといいますか、理屈はわかるけどそのためにそれだけのものをサクリファイスする優先順位付けが理解できないといいますか、
これがマッドです。かつて和月伸宏先生が単行本コラムで書いたようにクレイジーとマッドは違う。正気だからこそ彼らは恐ろしい。「精神鑑定はなんと正常」とはけだし名言であります。」

「織田有楽斎ではないですが、なぜ自分はこれほど宗匠が面白くて仕方ないのかを考えていて、 xx も己が好みに気づかされたところがあります。どうやら自分は、ゆるぎない真なり善なり美なりを備えた上で、それを振りかざして他人に危害を加えるタイプ、美しさと醜さを両方向に最大限同時発動するタイプのキャラクターが面白くて仕方ないようです。大がかりな説教強盗といいますか、ケンイチ風にいうなら静動轟一といいますか。
世に言うように快と不快は表裏一体、数寄の反対は無頓着でございます。宗匠を愛し、或いは揶揄せずにはいられないのも、おそらくは濃度の問題です。宗匠は腹を抱えて笑えても、より洒落にならない宗匠はどうかな。」

古織殿の涙について

「かくのごとき業の嵐を経て、己が美学に基づいて己に死の運命を与えた宗匠。」

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"どうあがいても己で己が許せませぬ"

「その死に際もまた『へうげもの』という作品に相応しく、史実をねじまげ、ゆがませ、人の笑いを誘いながらも、確かに美しいものでした。その見事さに敬意を評して、宗匠の死の間際、なぜ古田織部が涙を流したかを少し考えてみます。」

宗匠の介錯役を務めると決める直前の織部がもっとも求めていたものは何か。それはゆるぎない自我です。何をなすべきで何をなすべきでないかを決めるには覚悟が必要で、覚悟には自我が不可欠。太閤に歯向かってでも己を貫き通す土台となるべき自我こそが古織殿には欠けており、だから彼は迷わずにはいられませんでした。」

「最終的に、秀吉への共感、己しかこの状況に幕を引けるものなしという自負、そして若干の保身により宗匠の介錯を引き受けた織部。切腹の間で宗匠に罵倒というもてなしを受け、その創意を見抜き戦慄した彼は、どうしても構えた刀を振り下ろせずに戸惑いました。この瞬間まで古織殿には覚悟が、覚悟の基となる己がなかったのです。」

「しかしながら、床の狭さによって半ば偶然生まれた"笑い"が古織殿を変えます。師を斬ろうと刀を振りかざすその場面で、滑稽さにこらえきれずげひゃひゃひゃひゃひゃと笑ってしまう、ある種どうしようもなくひょうげた態度こそ、宗匠が彼の本質と捉え、そしてその"よさ"を認めた古田織部の天才でした。そのよさに触れたことで、それまで一度たりとも美学ゆえの壁を崩さず、一方的な"愛"により他者を圧倒していた宗匠が、最期の最後に古織殿に対してだけは"もてなし"を解きました。」

「この瞬間、膨大な安心と、それと背中合わせの莫大な不安が同時に古織殿の心を襲います。
自分よりも自分を理解してくれ、折に触れて自分に道を示してくれた思いやりある師が自分を同等と認めてくれた喜び。死の間際まで他人を思いやる無私の精神。そして、だからこそ、その人の美学を全うするためにも己が刀でその人を斬らねばならぬ悲しみ。」

「自分は『へうげもの』利休を最悪の気違いと称するのにいささかの躊躇もありませんが、この死に際の姿は確かに美しいと言わざるを得ません。美であることと善であることは独立した事柄です。そしてまた、その放射線のごとき美を受けて、安心と油断、不安と覚悟をつづけざまに見せる古田織部の顔は実によい。プラスの面とマイナスの面を同時に持ち、矛盾しつつそれを吐き出し続けるのが人間です。古織殿のなんという面であることか。」

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「人は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる、と DIO 様は言った。そして覚悟した者は幸福である、とプッチ神父は言った。それがわずか数ページで爆発したのが古織殿の涙です。『へうげもの』最高のシーンと呼ぶに寸毫の不足もありませぬ。」

具志堅 VS ペ

「そこで終わっておけば普通にいい話だったのに……。」

「残念ながらといいますかそれでこそといいますか、この漫画は『へうげもの』なので普通にいい話では終わってくれません。あれだけのギリギリとした緊張感ある名シーンのあとで、脳が溶けるようなボンクラエピソードを普通に投げてくるひょうげ加減こそが真骨頂にございます。」

「時は過ぎ、舞台は朝鮮の役。かの地において朝鮮王子が登場します。何の前触れもなく、ヨン様のツラで。」

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「"アナタガスキタカラ"*1の殺し文句で侍女を誑かし逃亡する朝鮮王子を、これまた数巻前から何の説明もなく具志堅用高のツラで描かれていた加藤清正が迎撃。」

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「こうして何の意味もなく意図もなく、ただ絵面が面白いからという理由だけで"具志堅用高がヨン様をしばく"という面白いだけのシーンが展開されました。なんぞこれ。」

「そしてその面白さに反応し、それがしの脳内では場に伏せておいたオートクロスオーバーが発動。朝鮮王子・臨海君と加藤清正の交流といえば荒山徹『魔風海峡』ですので、このシーンで臨海君に興味を持った方には強くお勧めします。」

魔風海峡 (上) (祥伝社文庫)

魔風海峡 (上) (祥伝社文庫)

魔風海峡 (下) (祥伝社文庫)

魔風海峡 (下) (祥伝社文庫)

「どういう話を簡単に説明すると、加藤清正にとっつかまった臨海君が疋田豊五郎から新陰流を伝授され、やがて祖国を守るために檀奇七忍衆なる変態忍者軍団を引き連れて真田十勇士と血戦を繰り広げる伝奇忍者小説です。ツッコミどころが戦車で突撃中ですが、そのツッコミは初読のときのためにとっておくべきでしょう。なおかつ、疋田豊五郎と言えば我らが柳生石舟斎宗厳に屈辱的敗北を舐めさせ、平野耕太に虎眼先生がらみでネタにされたほどの剣鬼。ここでもオートクロスオーバーは発動する。」

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以下略

以下略

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雪の峠・剣の舞 (講談社漫画文庫)

雪の峠・剣の舞 (講談社漫画文庫)

「これから『魔風海峡』を読むものは幸いである。彼らの脳内では、ヨン様と、具志堅用高と、岩明均絵の剣豪が群れを成して踊り狂うからである。ボンクラでよかった。馬鹿でありがとう。味のあるツラ、召さえ候え〜。召さえ候え〜。」

関連ていうか

*1:元ネタはチャン・ドンゴンの CM だそうで。

momo2009/07/27 03:36何と素晴らしい記事。古織に泣き、具志堅で泣き笑いです。
9巻を読む前に開かずにいて本当に良かった。
自分は「これから『魔風海峡』を読むもの」の条件を満たしているようなので、
いずれその幸福を堪能したいと思います。

dddddd2009/07/27 08:30イン殺の一ファンです。
『へうげもの』は、こちらで知って読むようになりました。
今回も『ウォッチメン』につづき、素晴らしい力作レビューでございました。織部の画像は雑誌からでしょうか。

一点だけ、失礼ながら申し上げたく。
「床の間、狭っ!」のコントは偶然ではなく、織部の苦悩をみてとった、宗匠のアドリブではないかと。
なにより宗匠が、茶席でミスをするとは思えないので。

あと、荒山徹はともかく、岩明均まで引っ張ってきたのは予想外でしたw

masamasa2009/07/27 12:07>宗匠がサイボーグになって黄泉返ってきたらどうしよう。

宗匠が真のわびの芽を摘んだことを悔やみつつなお、それでも天空の城めざし頂に屍を積み続けんとベヘリットを使って転生したらどうしよう。

「世界に一つだけの花、華は一輪あればよいのです」そうして他の花を摘み続け、屍を積み続けて来た道。侘びることしかできない、いや・・・侘びしかない!!「そう それが あなたなのです」

転生後の姿は塗仏。魔名は侘の翼。捧げるのはもちろん黒茶碗や橋立の茶壷ら利休好みの名物群で。

xx-internetxx-internet2009/07/28 06:52> mo さん
ようこそ、魔物の世界へ。

> ddd さん
画像は単行本をデジカメで撮って補正してます。

床の間は確かに、あそこも含めてもてなしとも解釈できるのですが、自分はなぜかあの流れを計算じゃないと感じました。根拠はありませんが、その方が一期一会っぽくてカッコいいじゃないですか。

> masa さん
気づいておられましたか……。わたしも、宗匠とノブには魔が似合うと思うておりました……。
宗匠はともかく、ノブは劇場版 GS 美神で既に似たようなルートを辿っているのでもう一手欲しいところです。ゴッドハンドまであと 3 人、かつ一人は女性。

yosioyosio2009/07/30 01:45はじめまして。「最カノ」あたりのレビューからかかさず拝見させて頂いているヘタレ精神科医です。
「へうげもの」への愛が余す所なく表現されていてぐっと来ちゃいました。
今後のレビューも期待しています。では。

tyokoratatyokorata2009/07/30 11:52>正気だからこそ彼らは恐ろしい。「精神鑑定はなんと正常」とはけだし名言であります。」

「世界を貧富の差別のない、素晴らしい世の中にしたい」とポルポトは願ったそうです。正気にて大業はならじと某むーざん漫画の冒頭で語られてましたが、「冷静に狂っている」人間が、より上位の大業(悪行)を為すということですね、わかります。何にせよ、「僕達の好きなマッドキャラ」の今年度のグランプリは間違いないでしょう。惜しいキャラを亡くしました。世間の安寧的には「もっと早く死ねばいいのに(褒め言葉)」でしたが。

xx-internetxx-internet2009/07/31 07:03> yosio さん
はじめまして。次回は荒山先生の新作の話か、もしくはジョジョの話でもします。

> tyokorata さん
弱いから疎外されて凶行に走る人と、強いから疎外されて狂気に走る人はそろそろ概念的にちゃんと分けた方がいい気がしてます。
もともと自分が好きなのは後者が多いので。

STEINSTEIN2009/08/05 03:40こちらの数寄にはちと外れるかとは思いますが、「飴色紅茶館歓談」(藤枝雅)に、
「こやまきみこ声の小柄美少女がチェーンソー持って嬉々として人んちの店舗を解体する(悪意ゼロ)」というシーンがあります。
これはマッドに入るのでしょうか。

xx-internetxx-internet2009/08/06 06:57> STEIN さん
状況がよくわかりませんが、動機によります。相手のためを思えば解体するのが情けだとか、或いは「だってチェーンソーとか、好きだから!」とか言い出したらマッドじゃないでしょうか。

STEINSTEIN2009/08/07 04:38状況としては、喫茶店で「フェアのためにちょっと店先を派手にしてくれ」と頼んで店主が出かける→帰ってきたらチェーンソー、あとドリルと丸ノコ。といった感じで。とにかくちょっと頼みごとをして帰ってきたらチェーンソー振り回してたという過剰っぷりがいいなぁと思った次第でなんというか申し訳ありません。

xx-internetxx-internet2009/08/07 07:14いえいえ。
やっぱり何を考えてそれを為したのかよくわかりませんが、楽しそうですね。

bluebarbebluebarbe2009/08/12 00:48思い出したんですが野口英世もマッドですよ

コジコジコジコジ2009/09/23 11:08へうげもの9巻さきほど読みました。
利休の死は壮絶でしたね。

>床の狭さによって半ば偶然生まれた"笑い"

茶室でのもてなしは相手に気づかれては、意味がないとすれば
「半ば偶然」と感じられたのは
読者が画中の利休から「もてなし」を受けたのかもしれませんね。


織部は作為の美=芸術家であり
利休は無垢な美=審美家あるいは探美家
かとおもっています。
利休の作為は無垢な美を作為としてつくった楽焼で完成し
終わったのでしょう。
偶然のひずみと作為のひずみの違いは「人と自然」
の共存の中での重点の違いなのかもしれません。

芸術家は自らがひずみを作り出す神であり
その欺瞞が織部(人間)らしさなんでしょう。

利休から見れば・・・・

「それがあなたなのです おわせれなきよう」