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2009-08-17

[]『プラネテス』話 『プラネテス』話 - イン殺 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『プラネテス』話 - イン殺

「いまさらながら反応。ロックスミスを愛する上で彼の理屈に同調する必要はない、という話とかなんとか。漫画『プラネテス』のネタバレを含みます。」

なぜロックスミスはカッコいいのか

さて、ここでは、宮沢賢治は、いわば、子どもの純粋さと大人の悲しみをあわせもった深い人物(実際に宮沢賢治がどうだったかは別として)という記号として使われているように思います。そしてその宮沢賢治の愛読者であるロックスミス*5という男は、たんなる理系バカや官僚バカではない、ふかみのある人物であることが示唆されるわけです。

しかし、いま読みなおしても、ロックスミスって、それこそ最悪な いやな大人じゃないか、と思うのですが、どういうわけか、ロックスミスは、いっかんして、えらくカッコイイえがかれかたをしているのです。というわけで、『プラネテス』のストーリーは、「子供のままの存在」によりそうぶぶんがあるとしても、大人がいつも悪者、というわけでもないのです。大人として手を汚すことをひきうけながら、しかも、子供の心をうしなっていない、いや、子供の心を失ってしまったことへの 悲しみをけっして忘れない、ふかみのある人間……そんな感じの大人、つまりロックスミスのようなタイプは、肯定的にえがかれています。大人としてもんくはいわずに 汚れ仕事もひきうける。男らしく?責任をとっているが、よけいなことは 言わない 有能な技術者。無表情なのは 実はふかい悲しみをしっている証拠、というわけです。

『プラネテス』のポリティカ その2 - 猿虎日記(さるとらにっき)

「思うに、カッコいい方がより醜いからじゃないかと思います。」

「仮にロックスミスが短気でギャアギャアとわめきたて、悲しみなんてものから八万光年も離れた、俗物を絵に描いて額に飾ったような男だったとします。……そりゃ誰だって"ああはなりたくない"と思いますよね。ハチマキにしても、何を捨てたって宇宙に行きたいと突っ走った結果があれかと暗澹たる気分になるでしょう。それじゃ第二宇宙速度を出せるパワーなんて生まれやしない。」

「ロックスミスはまごうことなき人間のクズです。元エントリでは人間のクズという自嘲の裏に「でも仕方ないんだ」という肯定があるんじゃないかという読みが出ていたので留保を付けずに言いますが、最悪のエゴイストだと思いますよ。さてそこで考えてみましょう、フィクションにおいて最悪の人間を効果的に描くにはどうすればいいか。ひとつの答えが"ある種の正しさで修飾する"です。」

「悪の帝王とか魔王といった絶対悪はフィクションの中においてさえ揶揄されるようになって久しいです。「私は昔の活劇映画の悪役ではないんだ」は 1980 年代のアメコミに登場する台詞です。もともと反社会的な悪が恒常的かつ大規模に存在するという状況は世界観が不安定な場合にしか使えない設定ですしね。
そこで、一周した悪役は正義の面を見せます。他者に危害を加える存在は、正論によって後押しされることで存在意義を保障し、かつ醜悪さを増すのです。西瓜に塩をかけると甘さが引き立つのと同じ理屈ですね。三分の理があるからこそ悪役は全否定を逃れ、読者に葛藤を与える強いキャラとして世にはばかる。自分はこの手法を説教強盗ないしは静動轟一と呼んで分類しています。」

「そういった観点からロックスミスを見ているせいか、彼をよくできた悪役としてカッコいいと評する立場に自分はいますが、その理屈に同調するかというと否です。態度としては「カッコえええ……、でも死ね」かな。
別段ロックスミスを愛するのに彼の行動原理をベタに受容して認める必要はありません。「私は差別と黒人が大嫌いだ」というブラックジョークを愛する者が実際に黒人を差別する必要がないのと同じです。ロックスミスが振りかざして他者を危害する正論を唾棄しつつ、それが余りにも醜いからこそ、よくできたブラックジョークとして珍重するという態度はアリじゃないでしょうか。ロックスミスの理屈に一面の真実を認めつつ、善悪・美醜の判断はまったく別物として行うことも可能です。だって、真善美は自ずからそれぞれ別の概念だもの。真だから善とは限らないし、美しいから正しいとも限らないし。」

「あと、ロックスミスの登場が要請されたのは、ワナビーとしてハチマキとの対比としてであったという点は注目すべきかと思います。ただひたすら木星往還船に乗りたがるハチマキに対し、それが自分のエゴであると自覚し、かつ宇宙開発を進める上ではそのエゴイズムが肯定されざるを得ないと知っているロックスミス。未熟の対は完成であり、ぼんやりした大義の対は明確な独善、不覚悟の対は覚悟である、という物語上の事情がロックスミスをああいう人物に仕立てたんじゃないかな。」

「なお、どちらにしても宇宙に行きたがる理由、 300 余人を殺しても宇宙開発を進める動機が描かれていないという点は http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20090814/p1 の指摘が当たっていると思います。ここは説明不足と言われても否定できませんが、それがそのまま読者に受け入れられたのは「ワナビーってそういうものでしょ?」ということのほかに、先行する SF 作品に焼けつくような宇宙への渇望を描いたものが複数あるからじゃないでしょうか。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『ビームしておくれ、ふるさとへ』とか。」

冷たい方程式はなぜ好まれるか

「一種の正論で非道な行いを正当化する、もしくは正当化しきれずに葛藤でギリギリする話、いわゆる『冷たい方程式』的な作品であれば、『プラネテス』より適切な例があります。一枚引いてみましょう。」

f:id:xx-internet:20090614182416j:image

「これは藤子・F・不二雄の SF 短編『いけにえ』からの引用です。なぜか宇宙人のいけにえに選ばれてしまった青年の叫びと、それを真っ向から弾圧する体制側のやりとりです。このコマのあとに続く言葉は「あなたは全地球人類を救うことができるのですよ。英雄になってください」です。人の命が不等号で比較可能であるという発想といい、聖化のプロセスといい、 http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20090814/p1 で書かれた状況を見事に体現し、かつ小馬鹿にしていると思います。実に醜悪ですね。」

「その他、自分がすぐに思いつく類例はこんな感じ。」

「全体主義に抗う少数という構図であれば、『天元突破グレンラガン』や長谷川裕一『マップス』にも出てきます*1SF ファン度わずか 19% の自分が思いつく範囲でこのくらいあるので、探せばもっと出てくるかもしれません。」

「 SF においてこういったテーマがしばしば取り上げられる理由は、"読者がそういった切捨ての論理を好むから"と仮定することもできますが、それはどちらかというと穿ちすぎじゃないかという気がします。メインの動機は、道徳を無視して効率だけで行動を決める思考実験が単純に楽しいからじゃないかな。日常生活ではなかなか使用えぬロジックですからね。それを現実世界でも行動原理として採用している人がいるなら、そのような人にもし実際出会ったなら、それは半笑いを浮かべつつ用事を思い出したとか何とか言って場を離れて、以後携帯を着信拒否にするとか、メールにレスを返さないとかの対応をしたほうがいいでしょうね。」

プラネテスの主題について

「ついでに自分の見解を書いておくと、『プラネテス』 1〜3 巻で描かれていたのはハチマキの自我の確立であると思ってます。他のエピソードは周縁であって、ハチマキがいかにして覚悟を決めるかという話が基本。」

「 1 巻ラストエピソード『IGNISION―点火―』の時点では、ハチマキは「いつかでっかいことをやってやる」と吹くだけのワナビーであり、空間喪失症が生んだハチマキ自身の幻影はその"何者にもなれないことへの恐怖"をしたたかに突きました。」

わかってるんだろ? 一介のデブリ拾い屋にすぎない今の自分には宇宙船を手に入れることなんてできっこないって

それでも吠え続けたのは いつまでも夢の途中でいたかったからさ

(中略)

地球(おか)に降りて 結婚して年くって
シリウスのかがやきを見上げながら
「あの病がなければオレも今頃は……」
そう言い逃れる権利をお前は欲したんだ

『プラネテス(1)』 PHASE5 『IGNISION―点火―』 P211-212

「幻影との"ケンカを一生かけてするって腹を決めた"ハチマキは、それなりの自負と、反面の強情さを得ます。これが 1 巻の時点。」

「 2 巻の PHASE6『走る男』で父ゴロー、そしてロックスミスに触れたハチマキは、それまで主張していた宇宙を求める目的を変えます。正確には本心を認めたと言うべきでしょうか。"人類のため"というおためごかしを止め、宇宙を求めるのが自分のエゴでしかないと公言するようになりました。」

オレは宇宙(ここ)に来たかったから来たんだ
飽きたら去る それだけだ

わがままになるのが怖い奴に宇宙は拓けねェさ

『プラネテス(2)』 PHASE6 『走る男』 P23

……まあ オレもヤツとたいして違いがないってことだな

ただ宇宙への欲望(ゆめ)を満足させるだけの
くっだらない生き物なんだ

『プラネテス(2)』 PHASE6 『走る男』 P37

「で、タナベとの出会いとか、ハキムとの対立とかを経て。」

独りで生きて独りで死ぬんだ それが完成された宇宙船員(ふなのり)だ!

『プラネテス(2)』 PHASE7 『タナベ』 P79

全部オレのもんだ 孤独も 苦痛も 不安も 後悔も もったいなくてタナベなんかにやれるかってんだよ

『プラネテス(2)』 PHASE8 『サキノハカという黒い花 前編』 P108

宇宙服(スーツ)はどうしたハチマキ!!
自分を鎧わずにこの大宇宙で生きていけると思うのか!?

忘れるな! 宇宙に神はなく!
お前が生命を余す所なく謳歌するためには!!
ハチマキ! お前は絶対でなければならない!!

『プラネテス(2)』 PHASE11 『СПАСИБО』 P222

「こんなようなつっぱらかった凶相を経て、 3 巻で悟りを開き愛を知って木星に出発するまでのストーリーが『プラネテス』の本筋。周辺の人物はハチマキの補助線であったり、対立軸であったり、極端に先鋭化させたマイルストーンであったりします。『プラネテス』の魅力というのは、ひとつには自分を確立しようとして足掻きまわるハチマキの葛藤であり、それと対比される周囲の人の様々な信念とか、信念を貫いたときに生まれる周囲との軋轢なのかなと思います。そのほかデブリやケスラー・シンドロームといった知識の面白さなんかもありますが、大きくはそんなところ。」

*1:どういう形で登場するかはネタバレにつながるので詳しく書けません。お察しください。

 studio-debris studio-debris2009/08/18 23:49うーんうーんうーん。
個人的には、この手のキャラが受ける最大の要因は、「人権」だの「命は何より尊い」だのが嘘っ八であることを誰もが本当は気付いてるから、じゃないかと思うです?
ああいやもちろん私は当面誰も殺しませんし殺されたくもありません。ヌルい世界に生きてますんで。でもそれってヌルいなあ、という自覚くらいはあるわけで。

イタチイタチ2009/08/19 01:25重要なのはあんたの愛は届いていないって所だと思うけどなあ。
深い悲しみを知ってるも何もそんなものはどうでも良いことなんですよ。
彼にとって生きることと宇宙船を作ることは同義であり犠牲が出るのは当たり前。
肉を食う時に感じる感傷とか感謝以上の気持ちは持ってないんじゃないかな。
動物がかわいそうだろうがなんだろうが食いたいものを食うし、美味いものは美味い。
ヤマガタは偉いよ。美味いから偉いよ。

k2009/08/19 03:00大きいことも小さいことも、程度の差はあれこういう人間がいることによって物事は進むのかもしれない。

しかし、こいつだけは許せない。
作中では覚悟のある人間だったからよかったものの、そうでない人間であるなら、
宇宙に出てれば違うのかもしれんが、実際身内が死んでたら殺してるだろうな。

なんらかの形で報いは受けて欲しかった。

xx-internetxx-internet2009/08/19 07:10> studio-debris さん
といいますと、人権や人命が紙扱いなリアル世界がここではないどこかにあって、ロックスミスはそちらの論理を体現したリアル・マンだということでしょうか?
どうでしょう。そういう制約をとっぱらった思考実験は確かに楽しいですが、それもまたイデア界だし、自分にとっては人権という数式で表せもしない共同幻想が大手を振ってまかり通る世界の方が現実っぽいので、それをヌルいとはあまり感じないかな。
自分が安住する世界をヌルいとか言ったら富士鷹ジュビロ先生に説教されそうだし。

> イタチさん、 k さん
ロックスミスを許す許さないの話を始めると百家争鳴して了るときなしだろうな、とは思います。価値基準をどこに置くかで全く変わってくることですし。
混乱を避けるためには、みんな喋り始める前に最大級価値観をアピールするといいのかもしれませんね。
「ぼくは"大義の前には犠牲なんてなんだい"!」「わたしは"『納得』は全てに優先する"ッ!」とか。

monmon2009/08/19 08:25最初読んだときはロックスミスは五郎との対比だったのかなーとおもった。ある種ハチマキの成長後の様な感じでの。ハチマキはどちらにもなりえたと。
ハキムを撃とうとしてるときとかにそれを強く感じた。結局田辺にとめられたわけですが。
自分が感じる五郎とロックスミスの違いは家族の有無。本来全然似てないように見える二人だけど、宇宙への信念は共通のもののように感じるし、どちらも凄く独善的であると思う(五郎の場合、家族をおいて自分だけ宇宙にいくのが凄くそう思える)。ただ妻のハルコさんがいるから今の五郎の形に落ち着いてるんじゃないかなと想像した(五郎は過去は凄くやんちゃだった、というようなのを番外でにおわしていた)。
その点でハチマキは田辺という妻を得て五郎さん側にいってよかったかなぁと思う。最後のシーンで、愛を語るなよ、と一人でいうロックスミスは孤独を体現してるようにみえた。
ただ孤独だからこそ、すごくカッコいい。そんな気がする。

お天気屋お天気屋2009/08/19 09:50“焼け付くような宇宙への渇望”を描いた作品の一例として『ビームしておくれ、ふるさとへ』を挙げるのは、私にとって違和感があります。

studio-debrisstudio-debris2009/08/19 19:01通じ損ねた?ヌルいという表現はさておき、言い換えると
・自分の周囲には酸素がいくらでもある←確かにリアルな現実的リアリティ
・でも宇宙規模で考えたらそれってむしろ極めて特異な環境
・故に人が宇宙に放り出されて死んだり他人の酸素ボンベ見て葛藤したり、逆に真空中から平然と生還したりする描写を見たらそれぞれに心震える
…みたいな話。
やっぱり伝わりませんかね。大長文送りつけてよろしければ懸命の解説を試みますが。ご迷惑なら(普通はそーだ)以後黙殺ください。

tyokoratatyokorata2009/08/20 01:53 ハキムを撃とうとするハチマキは、荒木氏の作風だと撃ち殺していたかもしれないと、妄想してしまいがちな夏の昼下がり。

ハチマキver.1「貴方、テロを起こしましたね。つまり殺される覚悟をしている人と言う事ですね?」
ハチマキver.2「ハキムをぶっ殺すっと思ったとき! 既に行動は終わっているんだ!」

xx-internetxx-internet2009/08/20 07:19> お天気屋さん
言われてみれば若干違うかもしれません。前しか見てない突進がロックスミスで、後ろを振り返りたくない突進がティプトリーですかね。

> studio-debris さん
なるほど、誤解していました。緊急避難が日常の世界の話でしょうか。板子一枚下は地獄みたいな。
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