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イン殺 RSSフィード

2017-01-05 このエントリーを含むブックマーク

  • 最近楽しんでいるものシリーズ『ワールドトリガー』
    • 休載しちゃいましたね。葦原先生には無理せずゆっくり療養していただきたい。我々は冒険王ビィトの続きだって待ったのだ。
    • 『ワールドトリガー』の世界観は他のジャンプ作品と比べて独特だと思うんですが、 FPS をそれなりにやったことがある人ならどういう理屈であの世界が構築されてるか分かるはず。それがしも『ボーダーブレイク』だけやり込んだ程度ですが、あれは FPS の世界設定を肯定しつつ物語をくっつけることに特化した作品なんですよね。
      • FPS ではやられた自キャラがロストせず、多少スコアを落とす程度ですぐフィールドに復活できる。これをリアリティを保ってジャンプ漫画にするためにはどうするか。ドラゴンボールのバーゲンセールをするわけにゃいかない。では生身で戦っていないことにしよう。トリオン体だ。派手なバトルをして手足の二三本吹き飛んでも頭を輪切りにしても問題なし。コミックコード的な意味でもコレクトネスだ。
      • 内ゲバはジャンプ漫画の華。魅力的なキャラクターをたくさん出したなら内ゲバをやらせて対立構造を作ったり解消したりまた作ったりしない手はない。しかし生身で刃を刺せば角が立つ。とかく少年誌は窮屈だ。ようござんす、模擬戦でランクマッチやりましょう。イベントとして異世界からの侵略者もよこせば、切磋琢磨するライバルたちが頼もしい味方として立ち上がってくるオールスター感も描ける。
      • アタッカー、ガンナー、スナイパーの区分といい、手榴弾的なメテオラの存在といい、姿を隠せるバッグワームの存在といい、細かいところで FPS だなーと思う点は多々あります。なお作中ではメテオラの扱いがそれほどでもないですが、ゲーム上では手榴弾の類は恐ろしく強いです。何度殺されたか思い出したくもない。
      • FPS はゲームとしてプレイヤー同士の集団戦であるところから、他の RPG みたいな「おれが主人公でござる」みたいな特別感は作りにくいです。戦場に出れば誰も等しくキルレシオの数字。多少強かろうが硬かろうがヘッドショットされれば死にますし、どれだけ才能があったところで不死身の戦士にはなれません。だからこそプレイヤーはもっともっと特別なオンリーワンになりたくて装甲に色を塗ってみたりアバターにキテレツな格好をさせたりする。その「主人公の物語と FPS の戦術がミキシングされたサクセスストーリーが読みたいよ」という声なき声を具現化したのが『ワールドトリガー』なんじゃないでしょうか。
    • 雑兵などという兵隊はいないが君ら雑兵以外の何物でもないよね、という前提があるせいか、作中の戦闘バランスといいますか、キャラ間の力格差もちょっと特異です。いわゆる無敵のラスボス的な存在がいない。最悪の敵でもフィールドへの無限復活機能を無効化する HP 回復能力付き程度で、それだってスナイプをばしばし決められたら普通に損耗する。『BLEACH』の敵キャラと比べたらクリスマスケーキに乗ってるサンタの砂糖菓子かと思うほど柔らかい。だがそれが楽な敵かというとそんなことはない。味方だってノーガードで弾に当たれば風船よろしくパンと弾けておしまいですからね。攻撃力と防御力のバランスが他と違うので、当たらずに当てることに工夫をこらさなきゃいけないのです。そこに戦術なり戦略なりといった術が生まれる。側面攻撃や十字砲火の大切さを僕たちはゲームセンターで学んだ。
    • 話は飛びますが『ハチワンダイバー』で「将棋の棋風にも剛腕がある」ということを言ってたじゃないですか。澄野さんの世界に旅立つ前あたりに。後から『プリマックス』を読んで思ったんですが、漫画家って作中人物を説明したつもりではたから見ると自分の説明をしてることってありますよね。『プリマックス』が序盤でやったことって、クラスメイトに女装して踊ってほしい主人公が頼みをきかせるためにストーリー上の説得力が必要 -> ツチノコを捕まえる、ですよ。その賞金からクラスメイトへ百万円ずつ払って踊らせるという。ツチノコだぜ、ツチノコ。もっと穏当な方法なり事件なり作りようはいくらでもあったところに「ツチノコ捕まえて賞金一億ゲットさせよう」と考えてしまう柴田ヨクサル先生の棋風。後の展開で大金が必要なわけでもないのに。
      • あるいは柔道部の先生が達人だということを数ページで説明しようというときに GKO というあだ名を付けてしまう柴田ヨクサル先生の棋風。グレートティーチャーオニヅカ的なものではありません。ゴーストノックアウトです。修学旅行で旅館に幽霊が出ると生徒が騒ぐから天井裏を覗いてみたら、居て、
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        • いちいちオーバーキルなんだよ。このエピソードは明らかに面白すぎて「体育教師が強い」だけ伝えればいいところを別の何かが伝わっちまってるんだ。魚のあら汁作ろうってときにスッポン鍋をコークスで赤熱焚きするがごときテレフォンパンチ。鱗も骨もボロボロで何の魚だかわかりゃしねえ。
      • 何が言いたいかというと、トリオンモンスターことチカの「人が撃てない」という性格、あれは葦原先生の長所であり短所である「ド外道が描けない」という特徴を引き写したものなんじゃないかと思うのです。最初にあのセリフを見たときはちょっとおまいうのエッセンスを感じてしまった。
        • 漫画家たるものド外道を描けなければならないとかそういう主張をする気はないんですが、キャラクターリストを眺めて思うのは「この人捨てキャラを作れないんだろうな」ということです。一番凶悪なキャラでボルボロス使いのエネドラですからね。あれは単なる粗暴であって、しかもエネドラッドと化してからは意外と話が通じる NPC になってしまった。同じ粗暴でも『ダイの大冒険』のフレイザードを見たまえ。「オレは戦うのが好きなんじゃねえんだ、勝つのが好きなんだよォッ!」「バクチってのは外れたら痛い目見るから面白えんだよ、ヒャーッハッハッハ!」など数々の名ゼリフ、迷いなき功名心で読者に三分の理を感じさせるも女にも全く容赦しない残虐性と卑劣さで九割七分死ぬしかないと納得させる性格、全く悔恨しない上に即時再生怪人と化してアバンストラッシュの巻藁にされるゴミのような死、どれを取っても最高級品だ。これに比べたら山岡はんの鮎はカスや……。
          • 向いてないところで無理に競うより、持ち味をイカせと勇次郎さんも言っていたように別のストロングポイントを押し出すべきです。キャラを捨てたくないなら捨てなければいいんだよ。話が進むにつれて読者はボーダーの人たちと大体顔見知りのような気分になっていくし、ひょっとしたらネイバーの連中と再開する日だって近いかもしれない。そりゃキャラクターデータブックだって必要になります。
    • 好きなキャラはあまり思い浮かばない。子供の頃なら迅さんの飄々とした感じが好きだったかもな。ものすごい強い個性の誰かが場を作るというよりは、一人前の思考力を持った個々が判断しつつ動いていくことで場が形成される作品って感じなんですよね。また FPS の話をしますが、この作品のキャラはいわゆる効率厨の気配がめりめりしますね。効率厨でない人の方が珍しいくらいだし、作者コメントでも「そういうアホの子が最適解でないムーブをすることで話を動かしてくれて役に立つ」的なことを言ってます。ほぼ全員が冷静だし効率的だ。訓練された廃人集団のようですね。強いて言えば木虎が好きかな。ツンデレとか花澤香菜とかそういうことじゃなくて、ド効率厨の匂いがするから。カードゲームでコストパフォーマンスの高いコンボを見い出すタイプのプレイヤーですよね、スパイダーを提案するあたりが。

テラライトテラライト2017/01/11 20:00葦原先生が療養中にアシスタントに外伝でも描いてもらったりしたら良さそうですけどね。
ちょっとだけ語られたボーダー設立前の話とか。
登場人物8割が終盤で命を落とすのが前提、読者も事前に覚悟して読む悲壮感

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2016-06-18 このエントリーを含むブックマーク

  • シルバーマンさんは凄かった。正直ドン引きであった。
    • 兄が兄で悪魔将軍ならば弟も弟で、さながら天使宗匠とでもいうべき人物でした。「「天使のような人」と言われて一般的にイメージされるのは、どちらかと言えば天使に愛された側の聖母であったり、乙女のような人である気がしますが、天使と呼ばれる存在は大体が両性具有で力が強いものが多いので、天使ヶ原さんも中性的で時に荒々しい人物として描いています」とは『左門くんはサモナー』のヒロイン天使ヶ原桜を評した沼駿先生の言葉ですが、シルバーマンも正義正義した正義超人というより、正義超人ネイキッドというか、全然丸まってない感じがします。 DIO 様だって海底で百年眠ったら熟成されてキャラが重厚になったというのに、太古の昔から銀のマスク状態を続けた末がこのザマですよ。
      • シルバーマンの性格で特に危ないポイントは、突然自分にしか見えない物差しで物事を判断して語りはじめるところですかね。曰く、マグネットパワーは超人を成長させないダメな力。曰く、アロガント・スパークは不完全きわまりないダメな技。曰く、マッスル・スパークこそが活殺自在の素晴らしい技。イチャモンをつけて優位に立ちたいとかではなく、心から自分だけの物差しで全てを測って良し悪しをつけている。だがその基準が常人にはついていけず、最初に言葉を発した時点では「何言い出してんのこの人……」的に場が凍る。こええよ、千利休かあんたは。
        • 実際マッスル・スパークは超人を一度も殺してない、半分が優しさでできている技! そう主張する友人に寄生虫サタンクロスの超人権を認めるべきと反論しながらそれがしの心をよぎった疑念は、もしかして三大奥義は全て生殺与奪こそが本質であったのだろうかということであった。なら完全版マッスル・リベンジャーはマリポーサスタイルの方、そのような解釈も成り立つのではないか。埋めちゃえばフルボッコにするも捕獲するも自由自在というのはモンハンでも常識ですしね。
          • 完璧版マッスル・インフェルノ(ビッグボディ版)は相手を背中に乗せて空を飛び、いい気分になったところで着陸してがっちりと握手を交わし笑顔で別れる。殺しに来た相手と友達になってしまうのが正義超人の極意だ。
      • ダンベルを全てはめこんで完璧超人始祖が全員消えるという状況で、腹の内では「どうせボクはこの一戦でマスクに戻るし」と思ってるところもポイント高い。覚悟完了しているゴールドマンとジャスティスマン、「どうせワタシしか消えないし」と思ってるサイコマン、突如進退極まり思わず椅子を蹴って立ち上がるザ・マン、それぞれの心情が人狼のごとく交差して散るよいシーンであった。
        • ダンベルをはめ込むと完璧超人始祖が全員消えるシステムがどのように作られているかを考えてみた。たぶんダンベルが揃うと通電によってスイッチが入り、裏に仕込んであった全員分の超人予言書に火がつけられ、数秒で存在が消滅する。
          • サイコマンが自分だけ消えるようにしておいたというのは、ダンベルケースを開けて超人予言書を自分のページ以外取り出して安全な場所にしまっておいたのであろう。全部取り出さなかったのは、ときどき開けて中を確認しているザ・マンの目を欺くためと考えられる。「この数億年の間、裏切るならいつでもタイミングはあったはず」というサイコマンの発言が自分のことを言っていた伏線として立ち上がってくる。
    • アロガント・スパークもよかった。天の時点で並の相手は死んでいるであろうという点が。両腕を力まかせに首の後で交差する形に極めた時点で肩関節も胸骨もバキバキであり、戦闘不能どころか命だって危ない。そのあと落下の衝撃だけで首と両腕を折り曲げつつ地面に叩きつける地に至っては蛇足どころか蛇にガンダムといった風情で、実にひどい。使いどころがないので封印するという判断は非常に正しい。技の性質でいうとイデオンガンに近いですね。

ゲレゲレゲレゲレ2016/08/11 17:59イン殺さんにシンゴジラを語っていただきたく。

ぼおんぼおん2016/08/29 22:08覚醒したキン肉マンにマッスルスパークで秒殺された挙句死骸を試合中放ったらかしにされたオメガマンさんの事もたまには思い出してあげてください。

通りすがり通りすがり2016/09/19 22:44映画 超高速参勤交代リターンズにて、尾張柳生一族がやられ役で出演していました。
8代将軍吉宗の時代なので如雲斎は居ませんが。

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2015-12-06 このエントリーを含むブックマーク

  • 水木しげる大先生に関わる思い出は数あれど、訃報を聞いたときに作品で真っ先に思い出したのは、なぜか『猫楠』で南方熊楠が天皇陛下への講義を終えて最高にハイってやつになり知っている限りの都々逸を二日間熱唱した話であった。
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    • 今年は調布に行って天神通りのゲゲゲの鬼太郎像を眺めたり、その後深大寺に行って鬼太郎茶屋で妖怪手ぬぐいと目玉の親父を象った瓶の酒を買ったりしました。今思うとカレーも買っておけばよかった。
      • 深大寺にはなんじゃもんじゃの木というのがあってな。悪魔くんのアニメで今も痛烈に覚えているエピソード、無敵悪魔なんじゃもんじゃと水木先生つながりで何か関係があるのかと思いきや特に何もなかった。
        • 普段仲間を召喚するのに使っている魔法陣の 4 と 5 を書き換えると全く別の悪魔が出てくるというあの話、グッと来るところ頗る篤い。
    • ゲゲゲの鬼太郎五期は三条陸脚本だったので地道にほぼ観ていたのですが、各都道府県の妖怪を集めて妖怪四十七士を集めよう、というコンセプトのもと一年やって放映中に四十七士が揃わなかったのは忘れられない。あんまり受けなかったのかね。エンディングの妖怪横丁ゲゲゲ節は好きだったんだけど。
    • Oh! 水木しげる展に二回行き、その時買った目玉の親父つき湯呑を今でも愛用しております。
      • 展示も楽しかったけど、二度目に行ったときに妖怪トレーディングカードゲーム「妖怪伝」が破格の値段で投げ売りされており、スターターデッキを箱買いするとスクラップブックがおまけに付くというので友人たちと買い、限定構築戦でひとしきり遊んだあとで番号順に揃えて本にしまうという贅沢な遊びができたのが最高でした。
    • あまり追いかけてなかったゲゲゲの鬼太郎四期で一刻堂(声 : 京極夏彦)が出ると聞いてその回だけ友人と録画して観たり、今思うと鬼太郎アニメの中では割と異色だった三期のぬらりひょんラスボス扱いとか、ファミコン版ゲゲゲの鬼太郎 2 は各エリアがバリアで仕切られてるのだけどバグがあってときどきバリアを通り抜けてフラグ無視でストーリーを先に進められるとか、本当に枚挙に暇がない。
    • 体感的には、水木しげる作品というのは物心ついたときからずっと一方的に恵みを与えてくれるもので、ものすごくハマるというよりは恒常的に良さを受け取ってきたのだと思う。太陽のようなと言うとそこまで生命線というわけでもなく、言うなれば温泉ですかね。常にボーナスとして存在し続ける感じ。日本という国はこれまで数年ごとに水木大先生の偉大さを思い出してきたが、この流れは今後も変わらないし、今回の訃報もそのうちの一度にすぎない。

あ2015/12/17 01:06>日本という国はこれまで数年ごとに水木大先生の偉大さを思い出してきたが、この流れは今後も変わらないし、今回の訃報もそのうちの一度にすぎない。

この流れで思い出したのですが、そろそろケンイシカワ七番勝負の二番勝負以降の執筆をお願いします。早く片づけないと次が来るよ。

あとついに登場したシルバーマンの激ダサキン肉族伝統の戦闘スタイルについても、超人造形に造詣が深いイン殺さんのご感想を伺いたく存じます。

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